いつの世も演説と言うのは長いものである。 「…して、これまでやってきた。デストロンは最高の軍団だ。それをこれからも自覚して」 アストロトレインは目を細めてその演説を演説者のすぐ隣で聞いていた。 時々同意を求められる視線が送られると急いで笑顔をつくり「へい」と 同意の言葉を告げる。 大掛かりな会場にアストロトレインは驚きを隠せずも入ってきた。 驚くのも無理はないだろう。普段はただの広い部屋が今はその軍用基地内と いう堅さを隠し白基調のレースであしらわれ、細かい飾り付けをされた机に 更なる飾りグラス。 普段はむき出しの蛍光管が今ではシャンデリアのような照明器具に姿を変えている。 メガトロンがマイクを持ち、一つ高い壇上より「今回の主役の登場だ」と持て成されると そのまま飲食の席へ直行とはいかず壇上へと足を進ませることになってしまった。 アストロトレインは足先でもう片方の脚を擦って掻いた。 身体の重心を右へ左へと移して長い間立ちっぱなしの足を休ませるが ちらりと隣に立つ破壊大帝を見ても未だトークは収まりを知らず 次は最近の経済状況へと話が移ったようだ。 壇上というのは一度たてばわかるが案外見えないと思うところまで見えるものだ。 一番奥の席で隠れながら飲み物を既に口に運ぶコンバットロンが見える。 多分メガトロンにも見えているだろうに注意する気もないのか話は続いている。 つまらなく長い話だがこの場所はスタースクリームを探すのに絶好のポジションでもあった。 スタースクリームは最前列でもなく、後方と言う訳でもなく、真ん中あたりで つまらなそうな顔を隠しもせず、肘を机に乗せるとその手に顔を乗せてぶすくれている。 スタースクリーム以外にも皆ばれないように寝ていたり遊んでいたり、既に 飲み食い始めていたりしていた。 サウンドウェーブはフレンジーが喉渇いたーと部下が飲み物に手を伸ばすのを制しつつ しっかりとメガトロンを見つめている。くそ真面目な野郎だ。 そしてもう一つのことに気付く。 この場にいる全員が催促するようにスタースクリームを見るのだ。 スカイワープも、サンダークラッカーも、カセットロンも誰もがチラチラと スタースクリームを見る。 スタースクリームもそれがわかっているから、ぶすくれているのだ。 「あー、メガトロン様ぁ?」 スタースクリームが席を立つとデストロンの面々がにぃっと笑顔を出した。 先ほどからスタースクリームを見る理由はひとつ。この長い長い演説を止めさせたいのだ。 スタースクリーム以外に止めることができる役どころが居ないのが最大の理由だが 下手に止めてメガトロンの反感を買いたくないというのも理由の一つだろう。 視線がスタースクリームへ集まり、メガトロンも口を止めた。 「なんだ?スタースクリーム」 「…折角用意した食べ物が駄目になっちまいます」 「…」 「アストロトレインも疲れているでしょうし、このへんで」 「…」 メガトロンが目を細めた。 まだまだ話したい事でもあるのだろう。 こんな機会でもないと集うことのないデストロンの面々だ。 スタースクリームへと向かう視線が「頑張れ!」「もう一押しだ」と スタースクリームを押す。スタースクリームはメガトロンの機嫌を損ねないように 言葉を選んで搾り出すようにして口を開いた。 「もう飲みましょうぜ」 「…」 「貴方も今日の戦いでお疲れでしょう。最高級のエネルゴンを用意しましたから」 「ねっ」とスタースクリームが手振り身振りで説くとメガトロンは「ふむ」と 納得するような声を出して数度頷いた。 アストロトレインがそれを見ているとメガトロンがふと視線をアストロトレインへやった。 「では、もう飲むとするか。乾杯するぞ」 「へい」 ジャガーが背中にトレイを乗せて歩み寄ってくる。 そのトレイには2つのグラスが乗っていた。キューブではなくグラスだと 言うのが中々良いセンスだと思う。 グラスの中でゆれるそれは先ほどスタースクリームを廊下で捕まえた時に 少しばかり零してしまったものと色が酷似している。 いや、多分同じものだろう。 「ありがとよ」 ジャガーからそれを受け取って頭部を撫でると「ぐるる」と喉を鳴らしたジャガーは 壇上よりひょいと降りてサウンドウェーブの足元へと向かった。 それを見送るとメガトロンが破壊大帝らしい微笑みをしながら視線を送ってきた。 「音頭はお前がとれ」 「えっ俺ですか」 「あぁ、当たり障りない。適当なもので良い」 「…えー…」 スタースクリームが席に着く。 その顔は「見せてもらうぜ」と言ったもので高みの見物だ。 会場を見回しても皆そんなもので誰かの助けはなさそうだと仕方なく一度ため息を吐いて 会場を見渡せるようにしっかりと顔をあげる。 自分はこんな柄じゃないんだがな。と気恥ずかしくもなるがこれくらいできないこともない。 むしろこんなことで恥ずかしがっている方が恥ずかしいだろう。 「指名受けたアストロトレインだ。乾杯の音頭、とらせてもらうぜ」 「丁寧にな」 「…」 メガトロンの一言が付け加えられるとフレンジーが笑った。 じろりと見るとサウンドウェーブが「フレンジー」と一言名を呼ぶ、それだけで サウンドウェーブに忠実なカセットロン部隊は静かになった。 「今日の戦いでサイバトロンはぼろぼろだ。今日明日じゃ絶対に手ぇ出してきやしねぇ」 全員が見る中で喋るのはまるでリーダーのようで優越感がありながらも 真のリーダーが隣にいるのでは優越感よりも焦りが勝り、噛みそうになるのを堪える。 「だから、ゆっくり飲んで、夜を楽しんでくれ」 スタースクリームのほうをみる。 最後はあいつに向けて放った言葉だ。にっと笑うと スタースクリームはそれに気付いて顔を赤く染めた。 「…じゃ、グラス、あぁ、キューブでもいい。全員持ってくれ。立たなくてもいいからよ」 かしゃっと音がして全員が手近なグラスかキューブを手に取った。 それを目の前に構えたのを時間をかけて確認する。 「準備はいいな。では、デストロンの更なる発展と、各自の活躍を祈ってるぜ。乾杯!」 「乾杯だ!」 メガトロンが続けざまにグラスを掲げるとデストロンらしい怒鳴りとも 呻きともつかないような怒声が響き、会場はわっとにぎやかになった。 各自そうとう腹が減っていたようで、がすがすと口にものを運ぶさまを上より一望した。 さて、スタースクリームの席。と足を動かすと肩に手が触れた。 「?」 「アストロトレイン。お前は主役だ。儂と一緒に全席一度回ってもらうぞ」 「ま、まじですか」 「あぁ、本気だとも」 スタースクリームの席を一瞥すると席には俺の好きなエネルゴンが大量に用意されていた。 スタースクリームが用意してくれたのか、あいつは俺の好きなエネルゴンなど 知ってたいたのかなど疑問がわくが何にせよ嬉しく思う。 当の本人は欠伸をしながらその中の一つのグラスをじっと眺めている。 今すぐ行ってやりたいがメガトロンの命令じゃ仕方がない。 「まずはサウンドウェーブのところだ」 「…へい」 * 「スタースクリーム」 「…!…スラスト…」 「一人かよ?珍しいな…」 「…うっせー」 顔をそらしてアストロトレインを探す。 スラストは気付いていないようで隣に座ってきた。 「おい、誰が座って良いって言った?」 「良いじゃねーか。ほら」 エネルゴンを差し出される。 あいつがくるまで待ってるつもりだったが鷲掴みにして一口飲むとスラストは嬉しがった。 こいつはどうやら俺が好きらしい。 何だかんだでこいつとは行動することが多くて アストロトレインと一緒に俺らを神扱いする惑星に行ったり 事故でサイバトロンと巨人の惑星に行ったり、何かしらこいつとは行動することが多かった。 そのうちこのチキン野郎は勝手に俺を「頼もしい」とか思うようになったようで 何かあるとべったりくっ付いてくる。 「機嫌は直ったんだな?」 「……まぁな」 「そっか、よかったなー」 ちらりと見るとスラストはやたらに、にこにこしてこちらを見てくる。 まぁ、アストロトレインが来るまでの間だけなら、と背中を向けていた身体を スラストのほうへ向けて正面からちゃんと見つめた。 スラストが少し驚いたように跳ね上がったのを見て口元だけで笑うと 手近なエネルゴンをスラストの持っていたグラスへ注いでやった。 「あ、あんがとよ」 元から全身赤いスラストが顔まで赤くしてそれを飲む。 スタースクリームはウザイよりもそれを可愛い奴だなと認識すると 自分もエネルゴンを喉に流し込んだ。 アストロトレインはどうせメガトロンにでも捕まってんだ。 1時間くらい暇を潰しても良いだろう。 こいつをからかってれば時間もすぐにすぎるだろう。 「…お前ってデストロンのNo.2になりたいんだろ?」 「ぶっ…え?な、何言ってんだよ…」 「以前ゴールデンラグーン見つけたときに俺がデストロンのNo.2だって言ってたんだろ?」 「……そ、そのー…えっと」 「構わねぇよ。No.2の座なんてくれてやる」 「ほ、本当か!?」 「あぁ、俺が破壊大帝になったらな」 「おいおい、いつになるんだそれ」 ぐだぐだと喋り始めると冗談まじりな会話は酒の力も借りて盛り上がってきた。 自分はアストロトレインに言われていた通りあまり飲んでいなかったが スラストは違うようだ。どんどんエネルゴン酒を吸収していく。 「飲みすぎだせ。スラスト」 「あぁ〜?」 「…タンク溢れちまうぜ。もうやめとけよ」 「お前飲んでないだろうよスタースクリームぅ」 「……お前酔ってるな」 腕を掴まれて引き寄せられる。 スラストにしては珍しい強気な態度にこっちのほうが扱いに困るというものだ。 「…あー、…スラスト?」 「…スタースクリーム…俺」 「……まて、やめろ」 スラストが顔を左右に振ると手をぎゅうと掴まれる。 周りを見ると幸か不幸か酒に夢中で気付いていないようだった。 「俺、お前が」 「ばっ」 「…何してんだ」 スラストの肩に紫色が見えた。 はっと顔を上げるとそれは待っていたアストロトレインで思わず安堵のため息が出る。 しかしそのため息をアストロトレインは違う方向へと勘違いしていた。 * スタースクリームがため息を吐くのを見た。 目を細めてそれを見る。 『俺、お前が』 そんなことを言いかけていたスラストを睨むと 普段なら竦みあがって怖がるスラストは「あ〜?」と顔を歪めるだけだった。 まさかその後には「好きだ」なんて告白が続くんじゃないだろうなと睨み続けるが やはり酒で鈍いスラストに反応はなかった。 スタースクリームの野郎。俺が来た途端ため息なんか吐きやがって。 「もうそんなに飲んでおるのかスラスト」 「メガトロン様」 「全席回るのは一苦労だぜ…」 アストロトレインがスラストの頭を机にたたきつけるとスタースクリームの対面に座った。 空いている最後の席にメガトロンが座る。 スタースクリームは自分ではなくメガトロンの方を見て首を傾げた。 「ここで最後ですかい?」 「あぁ、そうだ」 「…へぇ」 それに相槌を打つと今度は机に突っ伏したままのスラストをみて 顔を上げないのを知るとスラストの顔を覗き込んだ。 「スラスト?」 「酔いつぶれておるな」 「…だから飲むなって言ったのによ」 「お前こそ今日は飲むペースは随分緩いな」 「…え、えぇ。まぁ」 スタースクリームが誤魔化すようにメガトロンに酌をした。 アストロトレインが黙って自分のグラスをスタースクリームの方へ差し出すと スタースクリームは一度きょとんとした後に仕方なさそうに酌をしてきた。 なんだこの扱いの差は。 メガトロンには自分で進んで酌をしてんじゃねぇか。 スラストにだって酌してただろうが。何で俺にはしないんだ。 暫く一言も喋らずスタースクリームを見ていると スタースクリームはその視線に気付いて目だけで「何?」と聞いてくる。 メガトロンが何か喋るたびに「あ、あぁ。はい」だのなんだの相槌を打っているが スタースクリームの視線がちらりとこちらをうかがってくる。 「メガトロンさまぁ〜」 「む、スカイワープ」 「えへへへ〜」 今訪れたスカイワープも随分と酔いが回っていた。 スカイワープがメガトロンを敬愛しているのは誰しも知っているが 普段ならちゃんと自分の立場を考えて、メガトロン自身に縋りつくような真似はしない。 そのスカイワープが珍しいことにメガトロンの背中に擦りつくと メガトロンは驚いたようだったが珍しいものを見て笑うと頭を撫で、余裕の笑みを見せた。 「…こやつも随分飲んでるな」 「おいスカイワープ。、サンダークラッカーは?」 「あっちー」 お目付け役のサンダークラッカーがいないからこんな事になるんじゃないのか? それは自分とスタースクリームの疑問であった。 スカイワープはメガトロンに猫のように頭を擦り付けながらも 人差し指を背後の席へと向けた。 アストロトレイン達がそちらを覗けばサンダークラッカーが確かにいた。 しかし腕を掴まれている。サウンドウェーブだ。 「…捕まってるわけか」 「あーあ」 時折心配そうにスカイワープをみるサンダークラッカーは サウンドウェーブに腕を掴まれながら酒を進まされていた。 フレンジーがもう片方の腕を掴み、足元をジャガーが固めて肩にコンドルが乗っていては 流石に動くことはできないだろう。 「座らせて…」 「スラストが寝てるからお前座る席ねーぞ」 「…うぁー?」 スカイワープがスラストに視線を向けて自分が座れないことを気付くとその頭を殴った。 突然の行動に「おいおい」と慌てたがメガトロンが仕方なさそうに立ち上がると そのままスカイワープを連れて別に席に移動しようとした。 「仕方がない奴だわい」 「スカイワープなんて放っておけば」 そう言いかけたスタースクリームの口を手のひらで塞いだ。 スタースクリームはメガトロンの背中を見ていたので気付かなかったらしく すごく驚いた表情でこちらを見た。黙らせたことをメガトロンも気付いていない。 「…良いじゃねぇか…やっと二人っきりだぜ…」 スタースクリームの首に手を回して引き寄せる。 本当に小さい声でそう呟くとスタースクリームが歯を食いしばって目をそらした。 それが恥ずかしがってゆえの行動だと理解した上で笑いかける。 メガトロンは気付かず半分寝ているスカイワープを背負ったまま空いてる席へ 向かったようだった。 「…あ、アストロトレイン。来るのおせーんだよ」 「…お前こそ、何こいつなんかと飲んでんだよ…」 「はぁ?お前が遅いから…」 「頼むから焦らせんな」 「なに」 「早く抱きたくて仕方がねぇよ」 顔を限界まで近づけるとスタースクリームは微かに嫌がるように身を捩った。 辺りを気にしているようでアイセンサーを慌しく動かしている。 「馬鹿野郎。やめろ」 「なんで」 「ここ、どこだと」 「誰も気付かねぇよ」 「気付く」 「平気だ」 さっと引っ張ってその首筋に噛み付いた。 「ひっ」とスタースクリームの引きつった声が聞こえて笑みが漏れる。 ふとスラストを見るとその目は灰色ではなく赤だった。 机に突っ伏したまま寝たふりをする赤い狸ににっと笑いかけてからその喉を舐めた。 「抜け出そうぜ…スタースクリーム」 「…あ、あぁ」 グラスを持っていたスタースクリームの手の甲へと手をそえて その手を軽く引っ張りあげながら立ち上がると回りにばれないように できることならメガトロンにだけは見付からない様にその会場からの脱出を図った。 その2体をスラストだけが見送った。 →