サイバトロンたるもの。敵にも出来るだけの敬意を払い。
捕虜にした場合、ある程度の食事と自由を与えること。

折檻?暴力?まさか、そんな事しないさ。だって俺達はサイバトロン戦士だ。

「…スタースクリームの様子は?」
「変わりないです。司令官」
「そうか。気をつけてくれマイスター」


スタースクリームを捕虜にして1ヶ月が過ぎる頃だった。


俘虜




スタースクリームは既に3度逃亡しようとしている。
全て未遂に終わっているがかなり危なかった。
やはりスタースクリームは頭が良い。
普段メガトロンに楯突いて馬鹿なことをと思っているが
知識はやはり元科学者、メガトロンのすぐ傍にいるだけに軍事や
人心掌握が得意のようだ。

1度目の逃亡はバンブルやクリフに付け入った。
メガトロンを裏切ろう。お前らに本部基地と臨時基地の場所を全て明かそう。
拘束を解いたらすぐに反撃されたらしい。
まぁ、ミニボットだったからってのもあるけどこんな罠に引っかかるなんてな。


2度目はアイアンハイドの目の前でメガトロンとの通信のフリをしたらしい。
小さい声でぼそぼそと今サイバトロンの基地内には出来損ないのアイアンハイド
しかいません。今が狙い時です。はい。メガトロン様。
そんなことを言ってるのを聞いたアイアンハイドが黙っていられるはずもないのだ。
アイアンハイドが逆上して撃ってきた所を脚を引っ掛けて倒したようで。
見回りから帰宅すると冷凍ビームで基地内はめちゃくちゃだった。

3度目は「リジェがセイバートロン星に帰りたいって言ってるぜ?セイバートロン
星に帰る為ならメガトロン様に降るとも言っている」と言いふらした。
リジェがセイバートロン星に帰りたがってるのは前々からだ。
もちろんリジェを信じた奴もいるがスタースクリームの話を鵜呑みにした奴も
少なくなかった。
リジェには「お前さんはサイバトロンに必要ねぇんだよ。
誰も止める気ねぇらしいなぁ」など言っていたらしい。


当然、コンボイ司令官が黙っちゃいない。
スタースクリームはどこにいても癌になるようなやつなのだ。
捕虜としてサイバトロンにおいておくことも出来ない。
コンボイ司令官がサイバトロン会議を開いた。
スタースクリームをどうするか。

ミニボットは駄目。制圧される。
短気も駄目。挑発される。
大勢も駄目。猜疑心や内乱を突かれる。


「マイスター。すまない」
「大丈夫ですよ。司令官」


挑発に乗らず、スタースクリームを一人でも押さえつけることのある実力者。
どんな言葉にも惑わされない冷静さを持ったサイバトロン。
サイバトロン全員から「マイスターなら大丈夫」と言われ、スタースクリームの
捕虜担当になった。

逃げれないように日の光のない、空の見えない地下独房へ。
普段、捕虜を捕らえた時にはここまでしないのだが両腕両足を拘束。
アイセンサーは布で覆い、口にも轡を噛ませた。自由なのは聴覚だけ。
基地内ではなく、基地より少しはなれたところに地下を堀り作ったただの独房だ。
サイバトロンでもこの基地を知ってるのは自分と司令官だけ。


スタースクリームも最初はじたばた暴れるわ、もごもごうるさいわで大変だったが
一対一でもマイスターが圧倒的有利になるようにとエネルゴンもかなり低濃度の
安物だ。暴れる体力もないのだろう。床に転がされて時々床につけていた面が
痛むのかごろりと転がって向きを変えるくらいでじっとしている。

マイスターは声をかけたことはない。
スタースクリームは自分にエネルゴンを与えているのが誰かもわからないのだ。



*



スタースクリームは冷静になっていた。
目と口を塞がれて一体何日立っただろうか。
少しずつ体内時計が狂ってきていて把握できないがまぁ、1週間以上は
たってるだろうな。


ガチンと扉のロックの解除音。
音からして難しすぎないロックだ。

コツコツコツ

そしておきまりの足音だ。軽い足取り、迷いのない動き。
これ以外の足音を聞かない。そろそろ確信できる。

スタースクリームは行動に出た。

「んんんっ」
「……」


相手は答えない。しかし床に転がっている自分のすぐ脇にしゃがむと
カタカタと物を動かす音がする。
拘束された脚をゆっくりした動きでとんとんと床に叩きつける。
相手が少し身じろいだ。

「んんっ」

もごもごすると相手は少し惑った後に口を塞いでいた轡をとった。
目隠しをとる気はないらしい。だが十分だ。


「げほっ…ん、お前さぁ」
「……」

「マイスターだろ?」



さぁ。俺様の脱出劇の始まりだぜ?




*




「マイスターだろ?」
「なっ…」
「お、その声、やっぱりなぁ」


何故気付いた?
マイスターは一瞬混乱に陥った。


「どすどす歩くのはコンボイやアイアンハイド」
「……」
「とことこ歩くのがチビどもだ。お前の歩き方は結構特徴あるぜ」
「…それだけかい?」
「あぁ、待ってくれ。お前、エネルゴン持って来たんだろ?」

そこまでばれていたか。
マイスターの片手にはエネルゴンが用意されていた。それとチューブ。
スタースクリームの給油口からチューブを通してエネルゴンを流し込む。
こうしてエネルギーを供給していたのだがそれに何かあるのか?


「できたら口から補給させてくれないか?」
「…口から…?」
「暫くエネルゴンの味を味わってないからよ…少しだけで良いからよ、頼むわ」


どうするか。
いや、しかしスタースクリームにしては最近おとなしい。構わないか。
一応持ってきているスポイトにエネルゴンを吸うとスタースクリームの顎を掴んだ。


「んっ…」
「口を開け」
「あぁ、一気にいれないでくれよ」
「…」

ゆっくりと口が開いてそこに舌が見える。
口の端からスポイトを差し込むと少しずつ押し込んだ。
舌がひくりと動くとエネルゴンを感じたのか口を閉じてスポイトの先を口に含んだ。


「…飲めてるのか?」
「あ、ぁ。なくなった」

ごくりと喉が動いてスポイトに入っていたエネルゴンがなくなる。
またスポイトの中にエネルゴンを注入して口に運ぶとスタースクリームは
スポイトを咥えた。数度それを繰り返すと持って来たエネルゴンを全て飲み干した。

「…デストロンでは口で飲むのが主流なのか?」
「そういうわけじゃねぇさ。時々だ」
「……」
「まぁ、やっぱ質が悪いから美味くはねぇけど」
「…轡をはめるぞ」
「はいはい」

スタースクリームは至って従順だった。首をもたげて口を開く。
その口の形にあうように轡をあてて頭の後ろで結ぶとスタースクリームは
先ほど同様言葉を発することが出来なくなった。


「…」

無言で立ち去るとスタースクリームがくぐもった。


「んんん」
「…」


『またな』


何を言ったかすぐにわかった。




*




その日からスタースクリームへのエネルゴンは口からの補給になった。
最初にスタースクリームにエネルゴンを口から補給するようになってから
1週間は立っただろう。

「マイスター。今日のエネルゴンは?」
「いつもより少しだけ濃度が高いがデストロン軍団の航空参謀殿のお口には
 合わないと思うよ」


スタースクリームは逃げるそぶりを見せない。最近では普通に会話が弾む。
油断はしない。目隠しは外さない。手と足の拘束を解いたこともない。


「んっ…!」
「どうした?」
「つぅ…アイセンサーが…」
「顔をあげてみろ」

スタースクリームは顔を上げた。目隠しの上から目に触れる。
特に問題はなさそうだった。

「何かちくちくすんだよ…」
「…少し我慢できるか?」
「んっ…」

マイスターの両手がスタースクリームの頭の後ろに回り、カチッと金属同士の
ぶつかる音がする。床にアイセンサーを覆っていた布が落ちるとスタースクリームの
目に赤い光が灯った。
マイスターはわかっていたがスタースクリームの赤い目を見てやはり敵は敵だと
理解した。

アイセンサーがちらりとこちらを見る。
確かに右目がにごっているようだ。両頬を掴んで目を覗き込む。
顔を限界まで近づけて目を覗き込むとエラーとでている。
光が入らないので色彩に問題があるようだ。


「……」
「どうだ…?」
「…少し目に光を入れる。少しの間だけ目隠しは取っておくけど
 すぐ装着するからな」
「ん…」


頬から手を放そうとするとスタースクリームはじっと顔を覗き込んできた。

「なんだい?」
「…久しぶりにお前の顔みたな」
「……」
「……」


スタースクリームの顔が近い。頬同士が触れた。
軽く唇同士が触れるとスタースクリームは飛び退いた。

「わ、わりっ…」
「…」


スタースクリームは恥らったようにうつむいて顔を隠した。
マイスターは驚いていた。何故スタースクリームはこんなことをした?
毎日自分の敵に世話をされて好意を持ったとでも?いや、スタースクリームは
そんな男じゃないだろさ。
マイスターは自分の唇を抑えて触れた部分を何度か撫でた。

驚いていたが冷静さは失っていなかった。


「スタースクリーム」
「やめろ」
「スタースクリーム。こっち。むきなさい」
「触るな。よせ、やだ」

頬に触れる。スタースクリームは珍しく顔を大げさにそらして暴れた。
顔を床に埋めるほどこすり付けて両手で頬を掴んでも持ち上がらない。
自分の口角が上がるのを感じた。

「スタースクリーム。今のは何かな?」
「よせ。もう帰れ。消えろ」
「駄目さ。君の口と目を塞ぐまではここにいる義務がある」
「…じゃあ黙ってろ」
「いいよ。黙っていよう」


手を放すとスタースクリームは一切こっちを見なかった。
床にこすりつける頭を撫でてやるとスタースクリームは小さくだが喋った。


「触るな馬鹿…」
「…」


スカイファイアーにスタースクリームを捕虜にしたことは言っていなかった。
これは皆が決めたことだ。スタースクリームが一番つけこむのは
スカイファイアーだろうから。スカイファイアーは何も知らない。
ただスカイファイアーが時々「スタースクリームは可愛いよ」だとか
「良い子だ」とか言ってるのは少しだけ理解できた気がした。





*




次の日からスタースクリームとの関係がほんの少しだけ変わった。
まず轡を外す。エネルゴンを補給する。補給が終わったら目隠しを外して
アイセンサーのエラーの確認。
大丈夫そうならアイセンサーを目隠しする、前に触れるだけのキスをする。

スカイファイアーが知ったら何て言うか。


「マ、イスタ…」
「ん?なんだい」
「その…よ」
「言ってごらん。内容によっては聞いてあげるさ」
「…腕、解いて、くれねぇか?」


赤い目がちらりと顔をみてきた。
それは困る。いくら何でもそれは軍の副官を預かる者として許されない。


「……スタースクリーム」
「…少しだけだ…」

お前の背中に手を回してキスしたい。


スタースクリームの声は小さかった。
なに?凄いね。スタースクリーム。そんなことが言えるなんてね。


「デストロンってそんな恥ずかしい台詞が言えるのかい?」
「……最悪だお前」
「…目隠ししても良いね?」

スタースクリームが顔を上げた。
その顔は歓喜に満ちていると思う。擬音をつけるならキラキラしている。

「いい!それでも」
「わかったよ。じっとしてなさい」

キラキラしてるところ悪いが床に落ちた布を拾い上げてその目を塞いだ。
そのままスタースクリームを胸に抱くと背中に回ってる腕に手を回して鎖を
ゆっくり外し始めた。
少し意地悪してゆっくり解くとスタースクリームはがしゃがしゃと鎖を引っ張った。

「っ…はやく!」
「急かすんじゃないよ」
「…っ」

鼻筋を噛むとスタースクリームはびくりと震えた。
その反応に笑うと馬鹿が!と怒鳴られた。


「すまない。すまない」
「…っくそ」
「ほら。取れたよ」
「…んっ…」


鎖を解くとスタースクリームはゆっくり腕を動かした。
固定されていた関節部位がぎしぎしと音を立てた。
スタースクリームは少し顔をしかめた。目隠ししているがわかる。


「ほら。何がしたかったんだっけ?」
「くそマイスターが…」

腕が背中に回ってくる。
躊躇しつつも唇に触れてくる。閉じたままの唇を甘噛みされる。


「…開けよ…」
「…文句の多い子だね」
「…っ…マイスター」
「いいよ」


口を開く。間髪いれずにスタースクリームの舌が入り込んできた。
舌同士が絡んでスタースクリームの口の端から液体が漏れた。
互いの舌を吸う。スタースクリームの口内はエネルゴンのにおいがした。
これはエネルゴンを口で摂取してるからなのだろうか。


「…スタースクリーム?」
「……くく…」



スタースクリームが笑うのは見慣れていた。
それでもこの笑い方は見覚えがある。

メガトロンの隣で笑うデストロン軍団航空参謀スタースクリームの表情だった。