サウンドウェーブは決して見誤ることをしない。
浸透した嘘の看破。信じたくない真実。微かなヒントから答えを導き出すのは
安易なことではないが、サウンドウェーブはそれに対して性的にも似た快感を感じ取っていた。

青と白銀で覆われた体格の良い身体は微かに浮いたまま物音も立てずに標的へ近づいていた。
寒色の身体に殺意の鋭さを灯す赤が一度光ると極端にその明るさを落とし、サウンドウェーブは目を細めた。
標的は目前のスタースクリームだった。勘付かれてはいけない。悟られてはならない。

サウンドウェーブは見誤らなかった。嘘のような真実を見破っていた。
自分はスタースクリームに「勝てない」。それを否定することなく受け入れていた。
だからこそ自分は全力を尽くす。こいつに力で勝てない自分は知力で勝れば良いのだ。

サウンドウェーブは目前のスタースクリームを見たまま動かなかった。
ただそろりと、金属にしては艶かしい動きをして腕を伸ばした。
緩く握りこんでいた手を開き、鋭い指先をスタースクリームに触れさせようとしてそこで止まった。

そう。勘付かれてはいけないのだ。





erosion
 





メガトロンを失って幾つ月を過ごしたことか。
フォールンの命令と同胞達の希望によりサウンドウェーブは宇宙に佇んでいた。
地球などと呼ばれる青い星の周囲を回り、様々な情報を入手していく日々。
地球にいるディセプティコンの数、その能力、機体の大きさ。敵の状況。位置の捕捉。
誰にも聞かれず、自分の聴覚にも届かずサウンドウェーブは舌打ちをした。

また、同胞が死んだ。

それは決して同胞の死を悲嘆するようなものではなかった。
ただ、事務的にサウンドウェーブはその情報を入手してネメシスにいるスタースクリームと
フォールンの元へ送るだけだった。
別に死んだ同胞が憎いわけでも、朋友だったと言うわけでもなく、ただの同胞だったのだ。
ただただ、死んだのだと理解し、敵であるオートボットの損傷を確認して舌打ちをしたのだ。
敵側はほぼ、まったくの無傷。何たることか。役立たずめ。

サウンドウェーブは自分の腕を見た。感覚が薄い。
続けざまに身体全身に目をやると青く光沢を放つレンズが歪み、その輝きを薄れさせていた。
エネルゴン不足だ。一度ネメシスへ帰還する。

サウンドウェーブはその一文をネメシスに送り込むと急ぐでもなく自分のペースでネメシスへと動き始めた。
ネメシス内にはフォールンとスタースクリームしかいないだろう。
後は口も聞けぬドローンと卵がいれば賑わっている方だ。

先ほどの一文を見ていればスタースクリームがドローン達に残り少ないエネルゴンを集めさせて
どこかに置いておくはずだ。スタースクリームの今の任務はディセプティコンの長の代わりだ。
フォールンの命令を聞き、働き、同胞を増やし、増やすためにエネルゴンを集める。
そんなディセプティコンらしくもない働きをスタースクリームは毎日やっているのだ。
自分の指令は「オールスパーク及びメガトロンの捜索」これはフォールンより下された命令だった。

その命令を下された時にスタースクリームが微かに顔をしかめていたのを思い出す。
理由はすぐに見当がついた。スタースクリームへの「エネルゴン集め及び仲間の繁栄」という命令に文句があるのではない。
あいつはフォールンが下した自分への命令に顔をしかめたのだ。

スタースクリームにとって今のディセプティコンは望んだ姿をしていないだろう。
今のディセプティコンは一時宇宙をも支配する勢いを持った勢力ではなく、衰え、赤子のように
自分達の周りに手を伸ばし周囲の事を探ることしかできない弱き軍団だ。
メガトロンが不在だからだ。あの方はディセプティコンにとって必要不可欠な存在だ。

しかし、フォールンがいるにしても現在の弱きディセプティコンの全権はスタースクリームのものなのだ。
あの方が復活すればそんなものは夢だったようになくなり、また支配力を駆使して名を轟かすだろう。

だからこそメガトロンの復活をあいつが望んでいるはずもないのだ。



サウンドウェーブはネメシスにたどり着くと背中にある両翼にも似たパーツを一度動かした。
しっかりと足をネメシスにつけると辺りをうかがった。静かだ。
久しぶりの床というものをサウンドウェーブは一歩一歩踏みしめ歩き、ネメシス内部へと入っていった。

今だ孵化する様子のない卵を一瞬だけ視界にとらえ、またそらした。
卵にまわすエネルゴンがないのだ。だから育たない。しかしサウンドウェーブにとってそれは取るに足らぬことだった。
スタースクリームがでてこない。いつもなら文句の一つは言いに出てくるのだが。
フォールンはディセプティコンの一部である自分などどうでも良い存在なのだ。
自分の名も知らぬのだろう。だからこちらも出向く必要はない。
フォールンは口を開けば「プライム」次に「オールスパーク」「マトリクス」これだけだ。
自分はエネルゴンを補給したら今すぐにでもここをでていく。エネルゴンはどこだ。


用意されていないエネルゴンの理由をサウンドウェーブはすぐに見つけた。
スタースクリームはいた。この生命のいない凍え腐った惑星に似つかわしくないほどの
大掛かりな機器に繋がる部屋一面のモニターをつけたままスタースクリームはいた。

それに気付いた瞬間、サウンドウェーブは反射的に身体を浮かした。
エネルゴンの少ない今だが、ある目的のためにサウンドウェーブはエネルギーを消費して宙に浮いた。
音も立てずにスタースクリームの背後に迫る。スタースクリームはモニターを見たまま動かなかった。

スタースクリームはスリープモードにはいっていたのだ。

薄く開かれたアイセンサーには灰色だけが映り、身体中に描かれるタトゥーだけが目立っていた。
サウンドウェーブはスタースクリームの背中に触れないほどに手を掲げた。
そうして微かに口元をゆがめて笑うのだった。
笑う理由は大きくまとめてしまえば一つだったが細かく言い連ねればたくさんある。

愚かだ。愚か過ぎる。
スタースクリームは弱くはない。弱いはずがないのだ。ディセプティコンの2なのだから。
知力も悪くない。情報入手には疎いようだが状況判断能力と後々の事を考えた行動は賞賛に値する。
しかしやはり愚かなところは拭えない。

自分は弱い。戦闘能力が皆無とは言わないがスタースクリームに比べてしまえばまったくの非戦闘員。
自分は情報収集に秀でている。スタースクリームと面と向かって戦えばそう時間はかからず殺されるだろう。
だからと言ってスタースクリームに媚びる訳でもなく、スタースクリームを憎く思うでもなく
自分にとってこいつも先ほど破壊された同胞と同じなのだ。ただの仲間。ディセプティコン。

そしてスタースクリームも力で劣る自分を蔑むわけではない。スタースクリームは愚かだが判断力はあるのだ。
自分と争えば勝てることはスタースクリームもわかっている。しかし、無傷ですむかと言われればどうだ。
スタースクリームは知力や能力を計算に入れた上で「サウンドウェーブは危険だ」と判断しているのだ。

だから、互いに手出しはしない。自分達はあくまで対等の立場を保っているのだ。


愚かだ。愚か過ぎる。
なのに何故、対等の立場の自分に背を向け眠りに落ちることができる。
寝首をかかれない自信でもあったのだろうか。自分がエネルゴンを補給に来る時期を見誤りでもしたのか。

決してばれないように、零れだしてこの眠れる標的を起こしてしまわないようにサウンドウェーブは息を吐いた。
その息は興奮を隠し切れずに熱を持ってその空間に零れた。
疲れているのかスタースクリーム。微かに零れたその息にも気付かないほどに。

サウンドウェーブはスタースクリームに嫌悪を抱いたことなどない。
しかし、暇だったのだ。暗い宇宙にただ佇む毎日は暇だ。時折聞こえてくる同胞の悲鳴を
このネメシスに送るのは退屈で、微量で構わない、だから刺激が欲しかった。

勘付かれてはいけない。

触れることなくサウンドウェーブの手はスタースクリームの背中にいた。
そして手首から腕にかけての装甲が微かに蠢くとそこよりいくつものケーブルが露出した。
そのケーブル達は細く、半透明で白みを帯び、生命を持っているのではと疑うほど
自立して動き、そっとスタースクリームに触れた。
探知不能なそのケーブルはスタースクリームの首と脇腹を弄り内部に侵入した。

緩やかにハッキングしたケーブルたちを通してスタースクリームの探知能力を極端に下げ
反射で防衛するデータの壁を取り払った。
スタースクリームは目を覚まさない。少し浮いた身体を更に動かしてスタースクリームの背中に
自分の胸を押し付けるとスタースクリームは微かに呻きを漏らした。

スタースクリーム。お前は愚かである。
知っていたはずだ、自分はハッキングし他人の情報を入手することに性的興奮を覚えていることを。
そしてそれは稚拙な地球人の機器なんかではなく、もっと丈夫で、堅い、堅牢なところより奪い、掠め取ることで発生することを。
暇だと言うのは純粋に飽きてしまったに近い言葉である。
地球の監視に飽きてきた。メガトロンを見つけるにはまだ時間がかかる。あの永遠に続くのではと
思うほどの空間の流れに飽きてしまったのだ。
だから、それを補充しに来た。スタースクリーム。エネルゴンは後で良い。


モニター前でうなだれ、未だに身体を休ませているスタースクリームの身体中に
自分のケーブルが巻きついた事を確認してからサウンドウェーブはこらえていたものを吐き出した。
スタースクリームの聴覚機器に口を寄せ、熱い息を混じらせて囁いた。

「スタースクリーム」

スタースクリームは起きた。灰色から燃え上がる様な赤が灯り
今まで静かにしていたディセプティコン2が目を覚ましたことを周囲に知らせた。
穏やかに見えたタトゥーが相手を拒絶するような模様に見えてくる。
しかし、もう遅い。そのタトゥーの数より自分のケーブルの数の方が多いのだ。


「…サ、ウンド、ウェーブ」


その声は恐怖か驚嘆か微かな怒気も混ざり一言では言い表すことの出来ない響きを持っていた。
最高だ。その声の響きを待っていた。オートボットに破壊された同胞達の悲鳴は聞き飽きてしまった。
スタースクリームの状況判断は間違っていないだろう。その声には「絶望」が混じっていたのだから。
既に準備は整った。今、この状況下ではスタースクリーム。お前は自分には勝てない。

サウンドウェーブは興奮を抑えながら腕と言わず、全身よりうねるケーブルを露出させた。