スタースクリームは頭を擦りながらメガトロンの隣に立っていた。 小さい声でぶつぶつと文句を言う。よくよく聞くとそれは呪詛のような言葉だったり 時折謝罪を告げてみたり忙しそうに語句を変えていく。 呪詛と謝罪と言い訳を上手くローテーションさせるスタースクリームとそれを 時々「うるさい」と制すメガトロンより台座1台分高さを下げた所に部下3体は立っていた。 スリープモードからの目覚めの悪いスカイワープが欠伸をかみ殺してメガトロンの話を真剣に聞いている。 それをサンダークラッカーが「頑張るねぇ…」と口にも表情にも出さず眺めていた。 そんな個性あふるる4体を自分の能力を駆使して視察し全体図を把握しているサウンドウェーブが 誰にもばれないように状況を記録していた。 破壊大帝の椅子に深く腰掛け足を組み大帝の貫禄をかもし出しているメガトロンが 航空参謀という役職につき、副官という理由でその席の隣に立つスタースクリームの 背中に手を回しているのに気付いているのもサウンドウェーブと当人らだけだった。 「作戦の中核を担うのは儂とスタースクリーム…お前らは援護とエネルギーの強奪だ」 「具体的に俺らはどうすりゃいいんで?」 「スカイワープ。お前にはワープを使って別件を依頼したい。お前にしか頼めん…良いな?」 「もちろんでさぁ!」 ぱぁっと破顔させ満面の笑みをスカイワープは溢れさせた。 サンダークラッカーが本当メガトロン様好きなんだぁと先ほど同様口に出さず しかし表情にでていながらスカイワープを見ていた。 メガトロンの御前に並ぶ3体のうち中央に立っていたサンダークラッカーは 右に立つスカイワープに顔を向けていたが反対に左にいるサウンドウェーブのほうを向き直ると 顔を近づけて小さい声で言葉をかけた。 「スカイワープってメガトロン様溺愛だよなぁ…」 「今更だ」 「もしスタースクリームとスカイワープの今の状況が逆だったらと考えるとぞっとしないか?」 「何でだ」 「だってよう…メガトロン様のためならこの身体差し出しますとか言い出しそうって言うか…」 「…」 「ヤバイ関係っての?なっちゃったりして…スタースクリームならあの様子だしよ?」 そういってもう一度微かに上を見上げ、スカイワープに微笑みがけるメガトロンと 未だに呪詛と謝罪と言い訳をローテーションさせるスタースクリームを見た。 若干呪詛の割合が大きくなってきたような気がするがメガトロンに気にする気配はない。 「スタースクリームならそんな心配もねぇぜ。あの2人が抱きついてるのを見た時はヒューズが飛ぶかと思ったけどよ」 「そうか…」 「いっつも寝首をかくことばっか考えてやがるからな。スタースクリームは」 にへらっと笑ったサンダークラッカーをサウンドウェーブは黙ってみて「前を見ろ」とつけたした。 「はい」と素直に前を向き直りメガトロンを見つめるサンダークラッカーをサウンドウェーブは見つめながら 今のサンダークラッカーの推察は間違っていると考えた。 あの2体だからこそ危ない。 普段から観察と記録を趣味にしているサウンドウェーブだからこそ気付く些細な所作と 今までにない2体から発せられる雰囲気を感じながらサウンドウェーブは小さく俯いた。 自分の間違いなら良いのだが。 「…こっの…愚かにもほどがあるぞ貴様!」 「いってぇ!なんですかいあんたは!!」 「さっきから流し続けてやってるものを「すいません」と言ってみればその後には「ですが」とつき その後には「貴方も悪い」だの「そもそもの原因はあんただし」だの、あまつさえ「馬鹿」だの 「死ね」だのその口は黙ることをしらんのか!!愚か者めが!」 「愚か者しか語彙のないあなたよりはマシでしょう!最新の辞典でも今度プレゼントしましょうか?」 「貴様には猿轡でも贈りつけてやるわ!」 メガトロンが立ち上がってスタースクリームのインテークを掴んで押し倒す。 どたばたと暴れまわる上司を見つめながら3体はため息を吐いた。 「サウンドウェーブ…あれ、なんなんだ?」 「俺も原因しらねーんだけど。お前知ってんの?」 「しらん」 本当は知っているがスカイワープには聞かせない方がいいだろう。 それに当人達に何故お前が知っている!?と詰め寄られても面倒だ。 「死んでくれ」 「貴様が死ね」 2体はぶつぶつ言いあいながらも岩陰に身を潜めていた。 あの後殴りあいに発展し、3体が止めに入るまでその状況が続いていたのだが 作戦はどうするんです!?とサンダークラッカーが言うと冷静になったメガトロンが手を止めた。 作戦を決行するぞと他のデストロンも呼び集めて改めて作戦を発表し、今この状況に至るのだ。 メガトロンはワルサーの状態でスタースクリームの手の中に居た。 スタースクリームは両手でしっかりとメガトロンを持ち、岩陰から身体が飛び出さないように サイバトロンを探していたが中々見つからず視線をメガトロンに降ろした。 「…本当にここにくるんですかい?」 「サウンドウェーブたちが上手くやってくれればな」 「あいつらじゃ不安は拭えませんなぁ…それはそうと!」 スタースクリームはワルサーをにらみつけた。 ワルサーは黙ったままだったが内心は「またその話か…」と呆れていた。 「今朝の恨みは忘れませんぜ…」 「あれはお前が悪い」 「俺様の美形な顔が床にぶつかるなんざ…」 「お前がへばりついてくるからだ」 朝から揉めているのはこの内容だった。 昨晩くっついて寝た。起きたのはメガトロンからすれば幸いなことに破壊大帝だった。 アイセンサーが動き始めて視界に捕らえたのは胸元で丸くなって眠るスタースクリームだった。 スタースクリームは知らないがその背中にはメガトロンの腕がしっかりと回りこんで 抱きついてきたのではなく抱き寄せていたのは先に起きたメガトロンからすればはっきりと理解できたはずだ。 しかし認めたくないメガトロンが背中に回していた腕を退けて顔を押しのけた。 メガトロンという体温調節器のいなくなったスタースクリームは無意識にもう一度 胸元に擦り寄るとメガトロンが「鬱陶しいわ!」と思い切り突き飛ばしそのまま寝台より床に落下。 自称美形の顔が床にめり込んだ後に言い合いとなった。 それが喧嘩の全容だったのだがスタースクリームからすれば 昨晩くっついたのは自分だったが抱き寄せたのはメガトロンだったはずで。 それで目が覚めたら床とキスしていたのだから、たまったもんじゃない。 「それで?スカイワープには何頼んだんで?」 「サウンドウェーブとサンダークラッカー達は陽動だ。ここまで馬鹿どもを連れて来るな」 「コンボイ来ますかね」 「来るだろう。来たらコンバットロンとスタントロンで囲む。あいつらが動揺してるうちに」 「俺とあんたのパワーアップした力でコンボイをやる…」 「そうだ、外すなよ。何度も当たるとは限らん」 「あんたがポンコツですからなぁ」 「サウンドウェーブだったらもっと射撃成功率が高いんだがな」 スタースクリームが無言になって再度ワルサーを睨みつける。 ワルサーも一度黙り込むと言葉を発した。 「更に言うなら儂らも陽動だ」 「へぇ?」 「スカイワープに持たせた新兵器をテレトラン1に浴びせかける」 「どうなるんで?」 「誤情報を流したり儂らにサイバトロンの近況情報を流すようになる」 「作戦は膨大な割りにそりゃまた随分とせせこましい目的で…」 「…」 「…」 お互いどうも怒りを煽る発言しか出来ないことに気付いて黙り込む。 サイバトロンが速くこねぇかなぁと2体は思った。 本当なら離れていれば良いのだがそれもできない。 戦いになればこんな雰囲気すぐぶち壊せるのに。 2体はお互いにばれないように呆れたため息を吐いた。 自分はどんだけ不幸なのか。何故こんなにも苦難を受けなくてはいけないのか。 「俺らついてねぇなぁ」 「しっ…今撃たれたら俺らもただじゃすまねぇぞ!」 サウンドウェーブから「今2体は一緒に居るとパワーアップする能力を会得している」と 温度調節が出来ないという反動を伏せた情報を与えられ、スタースクリームにも メガトロンにも逆らうことの出来ないコンバットロンとスタントロンが どうして自分達はこうも不幸な場面に遭遇してしまうのだろうかと頭を抱えた。 サイバトロンがきたらスタースクリームとメガトロンがやってくれるはずだと耐え忍んだ。 * 「メガトロン!」 スタースクリームの声が聞こえた。叫び声に近い。 声の方を見るとスタースクリームは右手を押さえしゃがみながらこちらを見ていた。 どうしたスタースクリーム。何を騒いでおるのだ。 自分はどんどんスタースクリームから離れていった。 地面と空が何度も回転して目が回りそうになる。 スタースクリームが立ち上がってこちらに走ってきたがその距離はあまりに遠く ワルサーのままの自分はトランスフォームすることも忘れてそれを見ていた。 「メガトロン!」 もう一度声がする。 故障して煙が上がる右手が自分に伸びてきた。 スタースクリームの背後にサイバトロンの副官と若頭がみえる。マイスターとアイアンハイドと言ったか。 マイスターの構えている銃口から煙が上がっているのを見てスタースクリームの右手を撃ったのはこいつだと 確信を得たが、それ以上に自分はスタースクリームの右手にいたはずだ。 そうか。 右手を撃たれ弾き飛ばされたのか。 ガサガサする音、バキンと何かが折れる音を聞きつつ自分は地面に落ちた。 数度地面を跳ね返るとようやく自分は動かなくなり落ち着くことができた。 トランスフォームしようとしたが少し強く身体を打ったようだ。ちらりとあたりを見回すと サイバトロンたちと交戦していたところは崖の上で、ここは崖下だということだ。 木々をクッション代わりに落ちてきた分ダメージは少ないがやはり損傷している。 『メガトロン!』 珍しく必死な顔をしておったな。 コンボイは倒せたのかスタースクリーム。早く助けにこんか。 右手の損傷は酷そうだったが、基地に行って修復せねばならん。 …寒い メガトロンは意識を落とすとワルサーのままそこに横になっていた。 「……様」 暖かい。 「…ガトロン様」 儂の名を呼んでいるのは誰だ。 「…スタースクリームか」 「…なんでまだワルサーのままなんですか、そのせいで一度見逃した…」 スタースクリームがワルサーの表面を撫でた。 スタースクリームの表情が弛緩して安堵の微笑みがもれている。また珍しい。 「…戦況は」 「コンボイは倒しました。とは言ってもエネルギー弾があたったのは肩。崖から落ちていったので安否は不明」 「そうか」 「追撃しようとしたら手を撃たれてあんたまで崖に落ちるし、コンバットロンたちに任せて俺はあんたの捜索に」 「…ふむ」 「早くトランスフォームしてくださいよ。戦況は五分でしたがあんたと俺がいねーんじゃあコンバットロン達も逃げちまう」 「…エネルギーが足りん」 どうやらかなり長い間自分は意識がなかったのかエネルギー残量が大分減ってる。 スタースクリームと一緒に居ないと儂らのエネルギーは燃費が悪くなり、何もしなくてもエネルギーが枯渇していく。 「儂を持って飛べ、スタースクリーム」 「そ、それが」 スタースクリームの羽から煙が出ているのが見えた。 右手にくわえて羽までもか。愚か者め。 「スカイワープたちに連絡いれて迎えに来てもらえばいいでしょ」 「敵に背を向けるから背中を撃たれるのだ」 「あ、あんたを助ける為に背を向けたんだぞ!」 スタースクリームがワルサーを掴み木によりかかった。 すっかり疲労した様子のスタースクリームは眠たげにぐったりとしていた。 そうだ。スタースクリームは今飛べない。ならどうやって崖の下まで降りてきたのだろうか。 「…何故お前が来た?」 「は?」 「コンバットロン達は飛べただろ。あいつらでもよかったはずだ」 「…」 ぎゅっとワルサーを握るその手は左手だ。右手は痛むのかだらりと草の上に投げ出すままだった。 スタースクリームは顔をしかめたままで言おうか言わまいか悩んでいる様子で ぼそりと口を開いた。 「…暑くてよ」 「…あぁ」 そうだった。そうだ。自分も寒くて気分がうつらうつらし始めたところだ。 まさかないと思うが寒さで死ぬのではないかと、脳内をそんな考えがよぎっていたところだった。 「…」 「…」 更に強く握られる。 それから抱きしめるように抱え込んで体育座りの形で丸くなったスタースクリームは メガトロンにすがるように触れた。 「…したとき」 「なんだ?」 「落とした時、身体がすげぇ身体熱くて」 「…」 「あんたに手伸ばしたのによ、届かねぇし」 「…」 「…死ぬかと思ったぜ…」 スタースクリームはそれきり黙りこんだ。どうしたんだこいつは。 こんなに弱気になるなど珍しい。 「スタースクリーム」 「…」 「おい?スタースクリーム」 「…」 「………お前、まさか」 「…」 「エネルギー残量が」 スタースクリームは動かなくなった。エネルギーがあまりに足りなくなったので 生命維持のためだけにエネルギーを使う。そのためアイセンサー、思考などをシャットダウンするのだ。 「…」 しかし暖かい。こいつが胸に抱き寄せてくれたおかげで自分は一応暖かいし エネルギーの減るスピードも落ち着いてきた。後はスカイワープたちが来ることを祈るだけだ。 しかしこのまま見られるのは少し恥ずかしい。 もう一度トランスフォームしようとすると身体が稼働することに気付いた。 …トランスフォームできるのか?そうか、便利なものだ。スタースクリームに触れていれば パワーアップだけでなく自己修復能力まであがるのか。そうか。 スタースクリームの上にトランスフォームしないように少し離れたところに向かってトランスフォームすると 思ったように草むらの上に降り立つことができた。 スタースクリームを見るとやはり寝ているわけではなく「残量不足」が原因なだけあって 今の動きでスタースクリームが目覚めるようなことはなかった。 離れてしまったのでスタースクリームの脇に近寄り自分の手で触れた。 そこから暖かさを分け与えてもらう。スタースクリーム自体これ以上エネルギー残量が減っては危険だ。 ちらりちらりと周りを確認してスカイワープ達がまだ離れたところに居るのを確認する。 むしろ近くに生き物の気配はなかった。それをしっかりと確認してから スタースクリームを抱き寄せて膝の上に乗せた。 だらりとしたスタースクリームの右手と羽は故障していたが煙は止まり、それ以上怪我が悪化する様子はない。 流石に部品がない部分が修復するのは物理的に無理である。だが悪化しないあたり触れ合うと自己修復能力の 効果があがるのは確かなようだ。 (…死ぬかと思ったぜ…) 「…儂もだ」 それは体温調節できないこともある。減り続けるエネルギーのことでもある。 スタースクリームが居なくなって、トランスフォームできない小さなワルサーは恐れていた。 まさか見つけられないのでは。見逃されてしまわないか。身体は今にも凍えそうな状況でそれは恐怖でもあった。 ただそんな物理的な理由ではなくて、スタースクリームが怪我した手を伸ばしてきた時に あいつの手は届かなかった。そのまま崖の淵に立つ岩に身体をぶつけて数度バウンドしてあの高さから落下した。 (メガトロン!) 「…死ぬかと思ったわ」 お互いを求め合っていることに気付いていながら メガトロンは気付かぬふりをした。 →