メガトロンが自分を覗き込んでいるのはわかっていたが
既にアイセンサーは光を通さないように落としていた。
そっと額にメガトロンの手を感じると次の瞬間にはひんやりとした物が
アイセンサーの上に乗せられた。
それが水を含んだ布であることに気付いたのは重たい腕を持ち上げて
アイセンサーの上に乗った物に触れたからだ。
指先に水分が付着し、ひたひたとした感覚が伝わってくる。

「起こしてしまったか」
「…メガトロン様…」

左側に腰掛けているだろうメガトロンを見ようと
左目部分だけその濡れタオルを持ち上げるとそこには大帝が居た。
やはり威厳はそのままに優しく微笑むその表情に自然とこちらも笑みが漏れる。

「濃度処理の為ブレインサーキットの演算能力が熱をだしているぞ」
「…」

確かに頭が熱くなってきていた。処理を急げば負荷がかかるのは
機械も有機生命体も全て同じだ、この濡れタオルがその熱を奪っていく。

「冷やしておけ、濃度処理が終わってもショートしたら意味がないぞ」
「…はい」

一度頷いた破壊大帝が寝台に腰掛けたまま小さいコンピュータを開いた。
そのモニターにグラフや図形が並び、素晴らしいダイアグラムが完成されている。
難しい数式を打ち込んでいるのをタオルの下から左目だけで観察するが
それだけでは足りなくて上半身を起き上がらせようとした。

「む、何をしておる、寝ておれと言っただろう」
「そ、それが見たくて」
「普段は頼んでも嫌がるくせに何を言っておる、阿呆め」

少しだけ起き上がった頭を鷲掴みにされるとそのまままたクッションへと
導かれた。その際にずり落ちた濡れタオルももう一度乗せ直してくれる。
あぁ、見たかったものだ。何年後か知らないが難しい数式とダイアグラム。

スタースクリームはもう一度タオルを少しだけずらせばメガトロンが睨んできた。
寝ておれ、と目線だけで訴えてくるのは脳処理が忙しい今、視覚から新たな
情報をいれるのはブレインサーキットを圧迫するだけであるからだ。
それはスタースクリーム自身わかっているし、素直に寝るつもりだった。
そっと手を伸ばしてメガトロンの腕に触れると目を細めたメガトロンが
首を傾げ、口を開いた。

「どうした」
「…有難う御座います…メガトロンさま…」

そう言って自分の手で濡れタオルを元の位置へ戻した。
両手もキャノピーの上に重ねておいてゆっくりと意識を落としていく。
お礼なんてここ最近言ってねぇよなぁ、と自分を笑った。
他人に研究で手伝いを頼むことは少ない方だ、もし何か問題があっても
頼んだ自分の責任になるし、または公表前の研究結果を盗まれるからだ。
それ故誰かに「有難う」だなんて言う機会はなかった、あえて言うなら
スカイファイアーにだけ。

ひたり、と今日何度目かの冷たいものが頬に触れた、それが動くので
メガトロンの手だということがすぐにわかる。
頬を撫でて、顎をなぞり、唇に親指だろうと思う形をしたものを押し当ててくる。
それでも反応や拒否行動を起こさなかったのはブレインサーキットの大半が
体内に残るエネルゴン濃度の抑制と除去に忙しかったのもあったが
メガトロンが身体に触れることに対して何の疑問も不信感もなかったのが
一番大きかった。
この時スタースクリームは気付かない、スカイファイアー以外に触れられるのが
苦手なはずだった身体が他人を受け入れていたことに。


唇に、滑ったものがぶつかった。また水に濡れた何かだろうとスタースクリームは
判断して抗いを見せなかった。
少し角度を変えると唇が少し吸われた感覚がしてスタースクリームはゆっくりと
アイセンサーの活動をみせる。流石にタオルの類ではないのに気付いたからだ。
それでもスタースクリームは飛び起きるようではなく布で覆われたアイセンサーを
起動させるだけのちょっとした行動しかとらなかった。

「っ…ふ?」
「…」

蛇のような、滑っていながらも自在に動くものが唇を割って入り込んできた。
驚いて手を持ち上げようとすればキャノピーでまとめていた腕がそのまま
少しの力で押さえ込まれていた。
関節のない、金属にしては柔らかい素材。金属の表面には常にぬるついた液体が
付着していた。
これは、とやっとわかる。

ゆっくりメガトロンの手がアイセンサーに被さっていたタオルを少しだけ
ずらし、ようやく開けた視界に真っ赤なアイセンサーが飛び込んでくる。
自分の視界には眩しいばかりの天井の光も、装飾のない壁たちも見えてこず
火薬の匂いを撒き散らしたメガトロンという男だけだった。

「メ、メガトロン様…?」
「…どうした、スタースクリーム」
「…い、いまのは」

キス、じゃね…?
スタースクリームは微かに身体を起こしながら思った。
スカイファイアーとだって、3度しかしていないのに、しかも舌をいれるだなんて
ありえない行為だ。

額へずらしていたタオルが誰の手の援助も受けずにゆっくりと寝台へと
落ちていった。濡れたそれは落ちたマットの上にしみを作り始めるが
それを気にかける者等いない。

「いやか…?」

メガトロンがスタースクリームの手に指を当てると硬く握り締められていた指を
解きほぐすように開かせ、指と指の間に白銀の指を絡め始める。
スタースクリームは一度濃度処理を停止してまでフルにブレインサーキットを
活用するとこの状況把握と打破する方法を素早い演算能力で作成し始めた。
しかしまだ研究員のスタースクリームのような素早い計算ができずにいた、頭が
未だに熱を放ち身体中に回るエネルゴンを処理しない限りスタースクリームが
普段のように動くのは難しい状況だった。

「い、いやに決まって…」
「それなら今すぐ立ち退くがいい、無理にはせんぞ」
「っ…」

絡まった指が寝台に押し付けられる、ところがそれはその場に縫いとめて
逃げようとする動きではなく、ただ愛しい者に触れるような無理強いしない、破
壊大帝としてはとても優しい動きだった。

そうこうしてるうちに再度、唇に滑った感覚が触れる。
あぁ、やはりそうなのか、唇同士が触れ合っていたのか、スタースクリームは
先ほどまで感じていた感触がキスだった事に確信を持った。
唇に力を入れてぎゅっとそれ以上の進入を防いだ、スタースクリームは舌同士を
絡めるキスをした事などなかったが先ほどの感触でその行為がどういうもの
なのか、どうして唇ではなく舌同士を絡める必要があるのかに気付いていた。

臭かったはずの火薬の匂いが一つの興奮剤のように自分を煽り
スパークをばくばくと鳴らす。
普段スタースクリームが火薬の匂いを嗅ぐ時なんて研究室で爆発事故やら
何かしら爆発系の何かがあったときか、惑星探査で戦闘を強いられる時くらいだ。
それはどちらも興奮する内容だ、事故でも戦闘でもそれは興奮するものである。
それもあってか火薬の匂いをこうも強く嗅ぐと意識せずとも興奮した。

スタースクリームは抵抗していたつもりだった、しかし動かそうとする腕は
メガトロンの絡める指に指を重ねるだけの、まるで同意の意思表示のような
その程度の小さな動きだった。
理由はやはりブレインサーキットがきちんと作動してくれないからだ、ここで
スタースクリームは賭けにでることにした。

賭けなど、あまり好きではないがここから先逃げるには2つの選択がある。
1つはこのまま小さな抵抗を続けてメガトロンに自分はこんな事をするために
ここにいるのではないと気付いてもらう。しかしこれはあまり良い結果に
出会えないだろうとスタースクリームは気付いていた。
もう1つは小さな抵抗を全てやめて、ブレインサーキットを全て濃度処理の
演算にかける。高速で処理するのは脳負荷になるがこの酔いさえ収まれば
自分は力尽くで逃げる事だって可能なはずだ。
問題があるとすれば処理終了までメガトロンが待ってくれるか、である。


どうして、メガトロンは自分にこう触れるのだろう。
まさか、もしや、この時代の自分はこの大帝の愛人業でもやっているのだろうか
とまで考えてしまった。しかし「無理にはせん」といったからには
欲情の処理だけに自分を使っているとは思えない。
そしてこの大帝との行為が初めてなのか、数度行われたのか気になって
仕方がなかった。

腕の力を抜いて、その作戦を決行する。
微かに押し返していた腕がくったりと寝台に体重を預けるとメガトロンは
笑って額に唇を押し当ててきた。どうやら同意の意思表示として取られたらしい。
しかしスタースクリームはそんなことよりもブレインサーキットに処理を
急がせた、稼動音が響き脳を圧迫してくる。

身体に力を入れることも、考えることも全てやめるとメガトロンは勝手の
良くなった自分の身体のあちこちに触れてくる。
それを耐えて処理だけに力を使うとメガトロンの言葉すら聞き取りづらかった。

「…お前はいつも儂の言うことを聞かず困ったもんだが」
「…」
「儂の大事な部下でもあるのだぞ…」

聞き取れない、スタースクリームがやっとのことで聞き取ったのは「困った」と
「部下」と言う単語だけだった。
そのままメガトロンの指が首をなでて胸元まで降りていくと胸のダクトの中に
指を差し込んで弄り始めた。

「っ、…」
「…我慢などするな、お前らしくもない」

声が漏れそうになったのを耐えるとの同時に濃度の大半が処理しきれたのが
わかった、しかしそれは全てではなく普段波の行動力を手に入れるには
もう暫くかかるだろう。

メガトロンは自分の頬や首に舌をあてて動き、手で胸を弄ってくる。
掻き毟る様な動きでも、手酷く掴むわけでもなく指先だけでくすぐる様に
触れてきた、それがスタースクリームに微弱な快感を与えていた。
その快感を振り切ってエネルゴン酔い改善の演算を急がせる。

ふと鋼鉄の冷たさを放つ指先が下腹部に触れた。
背中に当たる柔らかい布達とは明らかに温度の違うそれはスタースクリームに
引きつった悲鳴と身体を硬直させる効果を持っていた。
メガトロンはそれでも息を荒くして圧し掛かるような無粋な真似もしなかったし
無理やり腕を押さえつけて自分の欲情を抑えるために事を急ぐような真似も
しなかった。それはゆっくりと驚かさないように触れてそこに指を押し当てた
だけだったのだ。

それでもそんな部位を誰かに触られたのは初めてだった。いや、メンテナンスを
する際には誰かが触るかもしれないがこんな状況下にはならないはずだ。
ほぼ同時にブレインサーキットに濃度処理の終了を告げる音が鳴った。
スタースクリームは迅速に動き、ブレインサーキットに今圧し掛かるメガトロン
への抵抗を命令した。
腕が動いてメガトロンを押し返す。

「…ここまできて抵抗するつもりじゃないだろうな」
「嫌です…!俺はこんなことするつもりじゃ」
「少し、アイセンサーを落としていれば良いだけだわい…」

すぐに良くなるぞ、と言葉を繋げたメガトロンは唇を首筋に押し当ててきて
そのまま脚と脚の間にあるパネルを親指で数度撫で擦った。
身体がぞわりと震える、まるで全身の毛が立つような感覚にスタースクリームは
歯を食いしばるしかなかった。

「やっ、いやだ!やだ!」
「スタースクリーム」

スカイファイアーにだってこんな事されたことない、こんな事するつもりもない。
それでももし誰かしらと接続しなくてはならない時がくるのなら
それはスカイファイアーであって欲しいし、こんな時代もはっきりしない
時間、場所でちょっと好印象だったからと言って1日しか共に過ごしていない
男に抱かれるのはごめんだった。

相手は特別無理強いを強いてる訳でもなかったが誰かに、スカイファイアーに
助けて欲しかった。これ以上触られたら逃げることは困難を極めるからだ。
指が強くパネルをこすった、悲鳴を食いしばった歯が殺すことに成功する。

悲鳴が零れそうになったスタースクリームはますます焦りを覚える、メガトロンの
巧みな動きは快感を知らないスタースクリームに着実にそれをすり込んでいった。
それに気付かないほどスタースクリームも馬鹿ではない、こうなっては
もう偽ってもいられないのだ。

「俺、スタースクリームじゃねぇんです!」
「何を言っておる」
「俺は、あの、あんたのスタースクリームじゃなくて」
「ほう?じゃあ誰のだと言うのだ」

メガトロンの方は見れなかった。顔をそらしてアイセンサーを細めて
来たる微弱な快感に耐えるのに精一杯だった。
メガトロンが体重を全てかけて自分の上に圧し掛かった、急に体重を
かけられて重さに呻き声をあげる。

「ス、スカイファイアー!!」

悲鳴混じりに名を呼んだのにブレインサーキットは干渉していなかった、反射で
思い人の名を呼び、助けに来てくれと願ったのだ。
目の前に主のメガトロンが居る事も、ここがどこかも、スカイファイアーが
今は敵で、メガトロンが味方だなんて事もどうでも良かった。


「嬉しいこと言ってくれるね…」
「っ…?」
「部屋見つけるの苦労したよ、スタースクリーム」

メガトロンがぴくりとも動かず、スタースクリームは圧し掛かってきたメガ
トロンの背後を見た。意識を持って圧し掛かったと言うより力なく
うな垂れる様になったメガトロンのアイセンサーは灰色がかっていたのだけ
見ると背後の存在の青く光沢を放つアイセンサーが綺麗に見えた。

「スカ、イファイア…っ」
「スタースクリーム」

スカイファイアーがメガトロンを押しのけるように横へおいやると
メガトロンは寝台より落下した、金属と鉄の床がぶつかり合う音は
決して響き良いものではなかったがそんな音を聴覚機能は拾う事無く
全てを目の前の白い機体へそそいでいた。

「…大丈夫だった?」
「ス、カイファイア…っ」

両腕をその機体へ伸ばして行く、まじで助けにきやがったんだ。
こんな夢のような現実あるだろうか、あるのかもしれない。今、実際に自分達は
未来なんて場所へ飛ばされてそこで自分の恋人に出会い、見知らぬ男に
抱かれそうになって、そこを助け出すなんてドラマティックな事をやって見せたの
だからありえるのだろう。

スカイファイアーが両腕を広げて招き入れるように動いた。
そこへ飛び込みたくなるのを少しだけ堪えつつ、その期待に視線を走らせた。
薄汚れ、所々装甲が剥げているのが痛々しく思えるがそこにある真っ赤な
インシグニアは一切の汚れもなかった。

「…あぁ!?」
「ど、どうかしたかい?」
「いっ…」

スタースクリームは抱きつこうと伸ばしていた腕を引っ込めて寝台から
飛び降りるように逃げると壁際に背をつけた。
インシグニアがあるってことはこれは、スカイファイアーじゃない。

そうだよなぁ、冷静に考えればこんな基地内にスカイファイアーがいるはず
がないし、メガトロンが気を失う攻撃ができたのだからある程度戦闘経験が
あってもおかしくないだろう。

「やっぱり…メガトロンに何かされて」
「ち、ちがう!こっちに来んじゃねぇ!」
「スタースクリーム?怖がらないで」
「やめ、やめやがれ!畜生…っ」

壁際に迫ってきたスカイファイアーの太い腕の間をくぐるように扉のほうへ
逃げると鍵は閉まっていなかった。そりゃスカイファイアーが入ってこれた
んだから鍵が閉まってるはずがない。スカイファイアーが背後に迫ってくるのを
感じて廊下へ飛び出た。

もうこんな世界嫌だ。
恋人が敵だったり。上司が良い奴かと思えば襲い掛かってきたり。
同僚は陰険サウンドシステムだったり、早く帰りたい。

飛び出た廊下の左右を確認すると近場に階段を見つけそこに走った。
こんな建物の中じゃ飛ぶことも出来ない、と舌打ちをすると
階段を駆け降りていった。




*



『スカイファイアーを拘禁していた牢屋に異常発生、脱獄の形跡あり』


甲高いアラーム音と低い声が混ざり合うように基地内に響いていた。
低い声はデストロン軍の誰の声でもなく、機械の性質を持つ抑揚のない声で
ただ起きた出来事を伝えるだけである。
それを廊下で話していたアストロトレインとラムジェットは聞いた。

「脱獄だってよ」
「どうする」
「しらねーよ、誰かが責任とんだろ」

アストロトレインは腕組みし、背中をその無骨な壁によりかけた。
片方の脚に体重をかけて階段の脇に立つその姿は大きく、デストロンらしい。
対面に立つラムジェットは今のアラームを気にかけないアストロトレインの姿を
見てそれに習うように身体の力を抜いて、背中を研究室が覗ける窓によりかけた。
研究室が廊下より一望できるその窓は大きく、横に何枚も続く透明度の高い
ガラス製の窓で、寄りかかったり殴るくらいじゃ割れない高度を持っている。

「今日の牢獄警備はサンダークラッカーだったろ」
「あぁ、あいつの責任だな」
「後スタースクリームだ。ジェットロンの責任はスタースクリームにもいく」

アストロトレインが笑うとラムジェットもつられて笑った。
互いの笑い声とうるさいアラーム音で気付かなかったが階段とは別方向の
廊下の奥の方より足音が響いてきていた。
それは足音というには落ち着きのないまるでなりふり構わず走るような音で
こちらに真っ直ぐ向かってきていた。

それに気付いたアストロトレインがそちらを見ればスカイファイアーが
向かってきていた、流石に探す気はなかったが目の前に脱獄者が現れれば
また話は違ってくる。もしかすれば褒美をもらえる可能性だって出てくるのだ。

「待ちやがれ」
「スカイファイアー!?こんなとこにいやがったか」
「っ…ここは危ない!早く逃げるんだ」
「はぁ?」

肩で息をするように見ただけで疲労が窺えるスカイファイアーは警告を
口にしたが別にスカイファイアーの背後より化け物が迫ってくるわけでも
なければ、爆撃が落ちてくるわけでもなかった。

ラムジェットがその警告を偽言だと判断し無視するとスカイファイアーに
掴みかかるように前に出た。
ほぼ同時に閃光が走るとスカイファイアーは慣れたように屈み、次にくる
だろう爆発に備えた。アストロトレインもすぐに反応でき、腕を交差させる
ように顔の前で構えることが出来たがスカイファイアーに注意をそそいでいた
ラムジェットはそうはいかなかった。

ラムジェットの寄りかかっていた研究室の全てのガラスが割れ、聴覚機能を
壊すのではないかと思うほどの爆発音が鳴った。
割れたガラスが3体に襲い掛かったが屈んでいたスカイファイアーと
顔への防御をしていたアストロトレインに目立った外傷はなかった。

「っ…!」
「な、なんだ!?」

煙が研究室と廊下全てを包み、その煙の隙間で赤い火がちりちり動くのを
感じた。研究室内の天井に設置されているスプリンクラーがその熱を感知すると
スプリンクラーヘッドが自動で開き、辺りに水を散布する。

「それは俺様の獲物だぜ、すっこんでろラムジェット」

バリバリと鏡を踏みしめ研究室内部よりこちらに向かってくる影が見えた。
それは煙で全体図までは把握できなかったが真っ赤なアイセンサーと
両腕に装備されているナルビームが常時撃てる様に待機させられ、有り余る熱を
その先端より電気の状態で放出していた。

「…まいたと…思ったんだけどね」

自分を笑うように鼻で微かに笑ったスカイファイアーは起き上がると
その影を見た、スプリンクラーの水を受けて頭より滴る水と、ゆっくり晴れて
いく煙と、未だに少し残る火が綺麗だった。

「俺様をまけるはずねぇだろ?スカイファイアー」
「…っ!」
「待ちやがれ!」

にらみ合うように静止していたスカイファイアーは飛び出すように階段のほうへ
曲がっていった。駆け降りていく音だけを聞き、アストロトレインは
アイセンサーでそれを追う。
スタースクリームが割れた鏡のはまっていた窓枠飛び越えると踵から
ジェットを噴射して階段を降っていった。

「…な、なんだありゃ…」
「い、う」
「おう、ラムジェット生きてるか?」
「ガラスがアイセンサーに…」
「へっ…リペア室にでも行くんだな」
「スタースクリームの野郎…頼まれたって手ぇかさねぇからな…覚えてやがれ」

アイセンサーを負傷したラムジェットはそこに屈み込んで顔を抑えていた。
未だに聴覚には残り火と、それを消す為のスプリンクラーの音が聞こえてくる。
床を叩くスプリンクラーの雨が割れた窓ガラスでパリパリと音楽を奏でるが
そこにいる2体はそんなこと気にも留めない。

アストロトレインがため息をついて屈み込む男に手を貸そうと壁から
背を放した。阿呆なラムジェットは仮にも自分と宇宙刑務所を脱獄した仲だし
アイセンサーがやられているのなら誰かが手を貸す羽目になる。

しかしアストロトレインがラムジェットに触れる前に新たな訪問者が現れる。
階段を飛び降りる足音と、ぜぇぜぇと辛そうに響く排気の音。
その音の持ち主がこちらに曲がってきたのに気付かず、あちらもアストロ
トレインの存在には気付いていなかったようで派手にぶつかった。

「いっ…!」
「いって!」

走ってきた奴の勢いがあまりに強く、アストロトレインは自分よりも
一回り以上小さい機体に押し倒されたことに屈辱を感じた。
背中を床に打ち、割れたガラスの上に倒れこむと呻き声を上げる、痛みに
アイセンサーを細めると自分を押し倒した相手が誰かがわからなかった。

「っおい、てめぇ!どこ見て」
「ご、ごめん!わりぃ、大丈夫か?」
「っ…あぁ?」
「怪我ねぇな、よし、じゃ悪かった。文句なら後で受け付けるからよ」

晴れてきた煙の中にスタースクリームの顔を見つけた、そんな馬鹿な、と
自分を疑いアイセンサーの損傷すらも疑ったがスタースクリームの顔に
指をあてるとやはりそれは本物であることがわかった。

「わり、じゃあな!」
「あ、おいスタースクリーム!?」
「待ってくれスタースクリーム!」

廊下を走り抜けていったスタースクリームとは別にまた足音が聞こえる。
そちらを見れば今の今までここにいた白い機体を持つスカイファイアーが
走ってきていた。

「はぁ?」と思わず口から漏れるがスカイファイアーはこちらを見向きもせず
スタースクリームを追ってアストロトレインを跨ぎ、そのまま廊下を
走り抜けていった。

「な、なんだぁ!?」
「いてて、どうしたアストロトレイン…」
「今、スタースクリームがスカイファイアーに追っかけられて…」
「あぁ?反撃されたかぁ?すっこんでろって言ったんだ放っておけよ」
「…放って…おくねぇ…」

アイセンサーが見えない状態のラムジェットはしらない。
今のスタースクリームが先ほどのスタースクリームとは明らかに別物で
あることに。
アストロトレインはぶつかり、至近距離でその顔を見ることになった
それ故、微かなその違いに気付けただけでそれば特別凄いことではなかった。
先ほどの殺気立つスタースクリームと、ぶつかったことを謝り、建物の中では
飛べないという常識的な面を見せるスタースクリーム。


「…なんかおかしいけどなぁ」
「そんなことより手ぇ貸せよ」
「はいはい」


スタースクリームとスカイファイアーの鬼ごっこは広いようで狭い基地内2箇所で
行われていた。