スタースクリームの背中を擦るメガトロンは「大丈夫か?」と尋ねてきた。
スタースクリームはゆっくりとその顔を見て小さく頷いたが
その吐き気は収まる所かどんどん悪化するばかりだった。

「ここで吐くなよ」
「わか、ってます」
「自室まで戻れるな?」
「…」

もう一度頷いて立ち上がろうとした。
戻れるなんて自分の部屋の位置も知らないのに頷いたのは
とにかくここで吐く訳にはいかなかったからだ、いっそ廊下でも良いが
間違っても軍団の大帝の部屋で吐く訳にはいかない。
スタースクリームにもそれ位の理性と常識があったのだ。

立ち上がった瞬間身体中に回っていたエネルゴンの濃度が急激に
ブレインサーキットに回るような感覚がした。
顔を叩くように口を押さえて身体をくの字に曲げるとこちらを見ていた
メガトロンが少しだけ焦ったように動き、肩に触れてくる。

「や、やめんか」
「だっだいじょ…」
「愚か者め、飲める量くらい自分でわからんのか!」

…それは、自分でも馬鹿だと思う。しかしそれ以上に現代におけるエネルゴンは
スタースクリームを魅了して放さなかったのだ。
研究所で飲めるエネルゴンとは元の素材が違うのだろう、地球特有の原材料と
温度、湿度などが関係しているのかもしれない。
スタースクリームはそれを特定することが出来なかった、もし原材料や生成法が
わかるのならスカイファイアーにも飲ませてやりたかったのだが
あまりの美味さに自分の限界量を確認せずに飲み、飲みなれていない濃度に
腹部のタンクが受け付けられずに吐き出しそうになる。

メガトロンは床に膝をついた自分の隣に片膝をついて背中を擦ってきた。
先ほどよりも優しく、労わるように触れてくる指に痛みが僅かに遠退いた。
それは本当に微かで、立ち上がれるようになったのかと言えばまったく
不可能な状態のままだったがスタースクリームは嬉しく思った。

軍の長、大帝と言えば威厳を持ち、部下を指先一つで動かすだけの司令塔だと
スタースクリームは思っている、現に研究所で自分よりも上の立場の
トランスフォーマーはそうなのだから。
研究所なんていう場所でもある上下関係が軍の中にないはずがない、しかし
メガトロンはその価値観を打ち砕く働きをして見せた。
軍で一番偉い金属生命体が自分のためにエネルゴンを振る舞い、寝室に招き
酔った自分を心配するだけでなく片膝を床につけて見せたのだから
スタースクリームが驚かないはずがなかった。

「すいませ…」
「…こい」

腕をつかまれ立ち上がろうとするとやはり吐き気を催した。
「うっ」と呻けばメガトロンは仕方がなさそうにため息を吐いて
「口を塞いでいろ」とだけ言葉を放った。

「えっ、わ」
「…」

背中と脚に腕を回され抱き起こされる、自分以外の力で動いた身体は
自分で立ち上がるよりかは負荷がかからず口を押さえていれば
吐き気はそこまで感じなかった。
しかし、やはりメガトロンの動きはスタースクリームを驚かせた。
ひとつはやはり自分よりも立場が上のものが自分を気遣うこの状況、抱き上げると
言う労働を買って出たメガトロンに驚きが隠せなかった。
もうひとつはスカイファイアーのように身体が大きく体格差がかなりあると
言うわけでもないのに自分を簡単に抱き上げた事だった。

「あ、の」
「処理能力を高めていろ、歩けるようになるまでは寝台を貸してやる」
「え」

歩き始めたメガトロンはよろける様なみっともない真似はせず、しっかりした
足取りで寝台まで近づくとそこにスタースクリームを横にした。
鉄製の冷たい感覚がくることを予想していたスタースクリームを待っていたのは
硬鋼線のスプリングのついたマットと柔らかく暖かい布だった。
慣れない感触に悲鳴をあげそうになったのを堪えるとそれをアイセンサーで
捉え、しっかりと素材を確認した。

「吐くんじゃないぞ」
「はい…」

メガトロンの腕が離れると全体重がマットにかかりギシッとスプリングを
軋ませた音を立てた。スタースクリームはその素材と、この寝台の
作りと意味に疑問を持った。
機械生命体は体温調節など必要ないのだ、凍る、燃えるほどでなければ
大抵の寒さにも暑さにも耐えることが出来る、それ故保温性を求めた
布団なんてものは必要なかった。
しかし頭部を元からそこにあったクッションに乗せてしまえばそんな事は
スタースクリームのブレインサーキットより削除された。

ふわふわで、ふかふか。この惑星の哺乳類と呼ばれる毛を持った生物から
剥ぎ取り作った毛皮なのだろう。
気持ちよさに目を細めるとメガトロンが顔を覗き込んできたのがわかった。

「大丈夫か」
「…」

自分はこの大帝が好きかもしれない。
もちろん、スカイファイアーに対しての好きとは異なるもので
愛情や恋慕の類ではなく、一体のトランスフォーマーとして好意が持てた。
スタースクリームの周りには大事なものは「研究」と「自分自身」だなんて
言う奴ばっかりでスカイファイアーがその例外だった。

「スタースクリーム」

大丈夫だという意味を込めて一度頷くとメガトロンはふっと笑った。
その顔は呆れて仕方なさそうだったが、やはり自分の中の印象は変わらず
むしろその表情にも好感が持てた。
物ではなく、一つの個人として見てくれているのが微かに嬉しかった。

「メガトロン様…」
「愚か者め、早く眠ってしまえ」

額に触れた手が金属らしい冷たさを誇る。
ブレインサーキットが先ほどから天井にある光が眩しいとアイセンサーを
ちかちかさせていたが、まるでメガトロンはそれさえもわかってくれた様に
アイセンサーを手で隠し、光を遮断してくれた。

この「愚か者」と言う単語はきっと癖なのだろうと判断した。
まともに一回一回聞いていたら流石に腹が立つ、どう聞き流すかがポイントだなと
思いつつもスタースクリームはアイセンサーの活動を緩やかに止めていった。

「…今日のお前は」
「…」

その先は聞き取れなかった、それどころかメガトロンが喋ったことにも
気付かずスタースクリームはブレインサーキットにエネルゴン酔いの
改善を命じ、処理能力を高めていた。




*




「あれぇ?スタースクリーム?」
「よう、フレンジー」

スカイファイアーを背後につれて歩き、デストロン軍基地内部を
歩くスタースクリームは自分よりも遥かに小さいトランスフォーマーを見た。
フレンジーは口をぽかんと開けたままNo.2を見上げると「あれ?」と
頭をかしげた。

「お前さっきメガトロン様と一緒にいなかったか?」
「はぁ?俺は今帰ってきたんだよ」
「ん〜?」
「…」

スカイファイアーはすぐに反応しそうになる身体を自制し、耳をすませた。
本当はその後そのスタースクリームがどこへ行ったかまで聞き出したいが
それを行うにはまだ時期が早い、ここで変な行動を取るわけにはいかないだろう

「それに、スカイファイアーを拘束しなくて良いのかよ」
「いいんだよ、俺が直々に牢屋まで連れて行く」
「おー、スタースクリームてめぇ!」

遠くに紫色の羽を持ったトランスフォーマーが見えた。
スカイファイアーがそちらに視線をやって、顔を見ようと目を凝らす前に
その姿は一瞬で消えうせた。
そんな馬鹿な、と声を出しそうになるのと同時に目前に紫色は現れた。
移動した、というには唐突過ぎる。まさに「出現」である。

ふわりと宙に現れたそのトランスフォーマーはその機体が鉄製であることを
忘れさせるように小さな音で着地して顔をあげた。
その顔は酷く見覚えがありながらもまったく別物で、悪い事を考えていそうな
笑みと、眩しいばかりのアイセンサーの輝きが目に付くトランスフォーマーだった

「スカイワープ」
「お前、俺を置いて逃げやがったな!」
「俺も危なかったんだよ、ぎゃあぎゃあ言うな」
「…」

声も口調も違う、顔はスタースクリームそっくりなのに。
そうか、同型なのかとスカイファイアーは認識すると同じ顔が喋る姿を
そのまま見続けた。
スタースクリームと同機だからかもしれないが綺麗なスタイルだと思った。
しかし所々焦げや擦れた後が残っているのが激しい戦闘後だと言うのを
気付かせる要因である。

ふと自分の視線を感じてかスカイワープと呼ばれた青年がこちらを向くと
小さいトランスフォーマー同様顔をしかめてついでに顔の角度も曲げた。

「あ?なんでスカイファイアー牢屋からだしてんだよ」
「え?」
「さっきこいつ牢屋にいれたろ」
「…お前らどっかぶつけたんじゃねぇの?」

スタースクリームがフレンジーとスカイワープをじろじろと見て
それから見下すような笑みをつくった。
そのアイセンサーは「欠陥品め」と言うように細められ赤々と光る。

「デバスター使って運んだろうがよ」
「しらねぇよ、俺様のブルーティカスで運んだんだ」
「はぁ?つかてめぇメガトロン様と一緒に居たんじゃねぇのか」
「だから、俺は今帰ってきたんだっつってんだろ」
「メガトロン様の寝室に招かれてたじゃねぇか」
「なんで」
「俺も見たぜそれー、俺はてっきり抱かれに行くのかと思ったぜー」
「フレンジー馬鹿黙れ」
「だってメガトロン様も機嫌良かったし、お前もすげぇ従順で」
「だから俺は」

「ごめん、ちょっと失礼するよ」

会話に夢中になり始めた3体から数歩下がると背を向けて走った。
フレンジーと呼ばれた小さい子以外の2体が素早く反応するのを見て
まさに兵士の名に恥じないなぁと楽観視するがその余裕も長くは持たない。

「スカイファイアー!てめぇ!」
「手伝うか?」
「いい、お前は管理室行って基地を海に沈めろ、すぐに」

スタースクリームが追って来ないのを感じて少しだけ振り返ると
スタースクリームが踵をわざと床にぶつけるのを見た。
そういえばスタースクリームは飛ぶ際に時々踵を床に数回ぶつける事が
あったな、なんて思ったがここは建物の中で、飛ぶのは不可能なはずだ。

その考えをあざ笑うようにジェットの点火音が狭い廊下に響いた。
嘘だろう?確かにスタースクリームはちょっと常識はずれなところもあったし
口も悪かったが廊下や建物内で飛ぶことは一度もなかったはずだ。

ジェットを空吹かしするだけでまだ飛び立つ様子はない、今のうちに
距離を稼いだほうがいいだろう。できるなら身を隠すくらいに。
何度も振り返りながらその様子を見ると身体を屈めて、両手の指先を
軽く床に触れさせている。

しかしジェットのみでなく、耳が痛くなるような音がするとそれが
アフターバーナーであると理解できた。
アフターバーナーを利用し初速を普通に走るのではありえないスピードで
走り出すと途中からアフターバーナーを切ってそのままジェットだけで
飛んできた。

アフターバーナーを使えば超音速になる
普通に走り出した自分とアフターバーナーを使い推進力を普通よりも倍近く
増加させ、走り出したスタースクリームとではまったくスピードの出が違う。
それにスタースクリームは走っていない、足で床を蹴る動作は行っていないのだ。

スカイファイアーはすぐに直線はまずいと判断した。
速度のあるものから逃げるときは曲がるのが一番だと近くの角を曲り
次の道順を選択し始める。
飛びながらこの狭い廊下を曲がるのはいくらなんでも不可能だろう、無理を
すれば壁に激突するのが目に見えている。

しかしスタースクリームは曲がり角の壁に着地するように飛んできた。
壁に水平になるようにぶつかるとその壁に大穴が開いた、当然である。
それを何ともないようにこちらに向きを変えるとスタースクリームは
また初速にアフターバーナーを使ってこちらに飛んでくる。
その時スカイファイアーは壁がアフターバーナーの高温で焦げるのが
見える距離にいた。

飛んできたスタースクリームがぶつかりそうになるのを屈んで避けると
スタースクリームが対角線にあった部屋に飛び掛るように入っていくのを見た。
倉庫だったのか機材に突っ込むと頭の上に鉄パイプや鉄筋が落ちていく。

「…っちょ、ちょっと常識はずれになった…のかな?」

げほっと咳き込む声が聞こえた。
出来ることなら気絶でもして欲しかったのだがそうもいかないらしい。
スタースクリームが立ち上がる前に再び走り始める。


(てっきり抱かれに行くのか)

その言葉を聴いた瞬間身体中のオイルが凍る感覚を覚えた。
寝室の場所を聞いておいたほうが良かったかもしれない、走りながら探すのは
困難を極めるだろう。しかしそれよりもこれを振り切るほうが難しい。

「待ちやがれい!」

ジグザグに走ると自分の居たところに光線が放たれた。
アイセンサーでその銃撃をスキャンすれば唯のレーザーや火薬の詰まった弾では
なく、付属効果として麻痺を備えていることに気付く。

「一発も当てられるわけにはいかないな…」

嬉しいことにスタースクリームは銃撃が下手なのか中々当たらなかった。
ただスピードの出し方はあちらのほうが抜群に上手い、と言うより
自分は狭い建物の中で飛んだことなんてなかった。下手に真似するよりも
走って逃げたほうが現実的だろう。

迷路のような構造、響き揺れ動く基地内、沈んでいくような感覚に
足が縺れそうになった。
それでも絶対に見つけ出すことが出来るとスカイファイアーは確信していた。
スタースクリーム、私の名を呼んでくれればすぐにでも助けに行くよ。

約束したからね。





*




冷たくて気持ちがいい手が額を何度も撫でた。
アイセンサーに被さったままの手がこれまた気持ちいい。
スタースクリームは自分が何故今ここにいるのか、そんなもの全て
忘れ去っていた。

ぎしっと軋む音がして、自分が横になるマットのスプリングが動くのを感じる。
メガトロンが自分の脇に体重をかけたのがわかったがそれでもスタースクリームは
心配も不安も感じなかった。たった数時間のうちにメガトロンは
スタースクリームの信頼を買っていたのだ。

スタースクリーム自身、それは感じ取っていた。
戦争のある未来を目にして不安に思わない奴などいないだろう。
自分は正直、武器を渡されたら戦えるほどの覚悟と自信はあったが
それでも拭えない不安があるものだ。

しかしメガトロンが、このデストロン軍団の破壊大帝が傍にいるのなら
何もそこまで心配することもないのではないか?
現に随分と優しくしてくれる、気遣ってくれる。少し説教と、愚か者めと
罵る言葉がカチンとくるがそれさえ堪えることが出来れば良い上司だと思う。

スタースクリームは心の奥底で未来ではないいつの日か、メガトロンと
出会うのを楽しみにすら思ってしまった。