スタースクリームはメガトロンの後ろについて歩いた。 再び訪れた基地内はデストロンのインシグニアをつけた男だらけで どいつもこいつも禍々しい笑みを浮かべている。 自分も研究所では素行が悪いだの、口汚いだの、礼儀を知らないだの言われたが ここにいる連中に混じればそれは可愛らしいものだと知る。 「メガトロン様、スタースクリーム、どこへ行ってらしたんで?」 「ちょっと外にな、基地の外壁が壊れていた件はどうなった」 「修理中でさぁ、もう暫くはかかる予定で」 「そうか」 目が合うと「よぉ」と声をかけられ「あぁ」と返した。 あまり、喋らない方が身のためだろう。怪しまれたらそう簡単に逃げられる 場所ではないのだから。スタースクリームはとにかくこの基地内を ブレインサーキットへ焼き付けるように記憶していった。 「こい」 呼ばれて入った場所は広い部屋だった。部屋、と言うのは不適切である。 大型のモニターが部屋の壁一面飾り、その脇と手前に小さめのモニターが数台 用意されていた。 一見しただけでそれが随分と進んだ科学の力によって作られたものだとわかる。 スーパーコンピュータと言うに相応しい迫力のこれがこの基地のマザーなのだと スタースクリームは勘付き、それに少しだけ手を伸ばす。 コンソールに手を置くと様々なスイッチが目に入る。 上下に持ち上げるものや押すだけのものもあれば、指先の装甲とその装甲の 下に流れるオイルと温度によって識別可能な特殊なものもある。 画面モニターとは別にあるタッチパネルに手を触れさせれば自分の 指先が触れた場所が水の波紋ような模様を立てて画面が変わり スタースクリームの名前が表示される。これも自分の指先だけで個を識別できる もののようだ。是非、研究室において欲しい。 「この間の件を覚えておるか?」 「こ、のあいだ、ですか」 「…その顔は覚えておらんな。人間どもの作っている宇宙太陽光発電の件だ」 「はぁ」 耳はメガトロンへ向けていたがそれよりもスタースクリームの中に沸き起こる 好奇心はそのスーパーコンピュータに向けられていた。 恐ろしい処理速度と膨大な情報量。研究者であるスタースクリームを魅了するのは 赤子を泣かすよりも簡単なことだった。 「…宇宙光発電のために人間どもが衛星を打ち上げただろう」 「…」 「それを失敗に見せかけ奪い、宇宙光をセイバートロン星に送る技術について お前はサイバトロンに気付かれないように行うのは不可能だといったな」 「…なんで不可能…」 「それはお前が…!」 「低コストの擬似衛星を打ち上げ、それを爆発させ人間にその映像を送ります」 「…」 「その後、世界中の大型天文機関と観測所、衛星追跡施設に擬似情報を送リ続ければ 衛星が奪われたことにも気付かず、サイバトロンにも気付かれずに済むでしょう」 スタースクリームはコンソールから目を放さず言ってのけた。 スタースクリームは今の計画をブレインサーキット全体で言えば約5%にも満たない 部分で計算し、それを口にした。残りの95%は全て目の前の情報を入手する事に 使われているのだ。 こんなスーパーコンピュータがあるのに出来ないことなどないだろう。 スタースクリームはメガトロンが「人間」という聞きなれない単語を 口にしたと同時にその単語をスーパーコンピュータに尋ねていた。 メガトロンに見えない程度の大きさで字を表示すると小型モニターに 人間の情報を表示し、3Dで正面、横、上下から観察した。 小さいがまだ文明を作るくらいの知識はある有機生命体だとわかると スタースクリームは我々が欺けないはずがないと確信した。 メガトロンが口にした単語の中でわからないものはこのコンピュータに打ち込めば すぐに情報が公開された。その情報を得ながらもメガトロンと対話を繰り返す。 「それはすぐに可能か?」 「擬似情報を送るには宇宙光発電の為の衛星だけでなく、情報発信型も必要です」 「…つまり」 「人間が使っている通信観測用人工衛星を乗っ取れば一番早いかと」 衛星型トランスフォーマーがいれば申し分ないのだがスーパーコンピュータに 問いかければそれはいないらしい。 メガトロンが黙ったのを良い事にスタースクリームは自分の知りたい情報に 手を伸ばし始め、情報を漁った。 まだまだ穴だらけの作戦だったが大筋は間違っていないはずだ。大体 こんな簡単な作戦すら思いつかない現代のスタースクリームは本当に俺か? とんだ役立たずになってる気がする。参謀なんて立場貰ってんだから ちょっとは役に立ってると思えばこれか。 肩に手を置かれ、邪魔されたスタースクリームは顔をしかめながら振り返った。 「なに、…」 「ようやくお前も」 「…は?」 「お前も副官としての自覚がでてきたか」 「…ふくかん」 副官?…参謀でなく、副官。 この軍団の副官だと言うことなのか? 「ジェットロン部隊のリーダー、航空参謀と言う立場とデストロンのNo.2は どちらも大事な役割だ。お前の貢献が軍の士気にも関わるのだぞ」 「…」 そんな、嘘だろ? 俺はこの軍のNo.2でもあるのか。 ぽかんと口を開けているとメガトロンは自分の先ほどの態度が大分嬉しかった ようで、笑いかけながら肩をぽんぽんと叩き、満足そうにしている。 あんな穴だらけの作戦程度で喜んでくれるのか。 「スカイファイアーも捕まえたことだ、儂の寝室へ来い」 「寝室へ?」 「エネルゴンを振舞ってやる」 「…」 エネルゴンか、とスタースクリームは唸った。 研究所は濃度の濃いエネルゴンを禁止していた、濃度酔いを起こして 大事な研究資材を壊した馬鹿がいたからだ。 もちろん、休暇内に研究資材に触れないと言う条件をつけた上で 飲むのは問題なかったがスタースクリームは最近休暇らしい休暇を取ってなかった。 軍の長の飲むエネルゴンとはどんなものなのか、興味がない方がおかしいだろう。 最後に飲んだエネルゴンはいつだったか、と考え始めるとメガトロンが 「ついてこい」と頭に手をやってきた。 わりぃ、スカイファイアー。ちょっとだけ、ちょっとだけ羽目を外させてくれ。 内心一度だけスカイファイアーに謝るとスタースクリームは まさにデストロンらしい笑みを一度浮かべて「はい、メガトロン様」と吐いた。 * スタースクリームはどこへいったのか。 スカイファイアーはそれだけを考えていた。 爆破した後すぐに撤退した、誰かに見られても面倒だと判断したからだ。 スカイファイアーは最初にスタースクリームを見つけた場所から数歩進んだ 所にある滝を眺めながら一息ついていた。 大きな機体に水が少しばかり跳ねると自分に冷静になれと投げかけているように 思えた。 スタースクリームがいないとこの世界に自分は一人なんだな、としんみりするほど 冷たい水を眺め、波紋を作る水の中に手を入れてみた。 「はは、冷たいな…」 他のトランスフォーマーと接触が取れない今、自分が言葉を投げかけることが できるのは木や水、感情も言葉も持たない物や大気のみだった。 早くスタースクリームに会いたい、危ない目にあっていないだろうか。 スカイファイアーが感情を地に落ち着けずふわふわと浮かせていると 背後より投げやりな言葉をかけられた。 「おい」 「…あぁ、君か」 「…」 振り向くとスカイファイアーは直ぐにスタースクリームだと気付いた。 しかも、自分の恋人ではない方の。 アイセンサーの険しさとその顔つきだけでわかったがスタースクリームの 手には布が握られていた。それは近場の民家が良い天気だからと外に 干していた布団だったのだがデストロンらしく奪ってきた事を スカイファイアーは知らないまま微笑がけた。 スタースクリームは攻撃してくるかと思えばそうでもなく しんみりしていたスカイファイアーの隣で胡坐をかいて布で身体を 拭き始めた。先ほど海に落ちた時の水滴がまだ残っている。 むっすりとした表情を保ったまま、背中に腕を懸命に回して 羽を拭こうとする姿はスカイファイアーから見れば随分と可愛らしくみえた。 「…拭いてあげようか」 「はぁ?」 「拭き難そうだし」 スタースクリームは先にいたスカイファイアーを「何で隣にいんだよ」と 言う視線で睨みつけると不機嫌たっぷりに顔をしかめた。 「何言ってんだてめぇ」 「貸してごらん」 少し無理やりに布を奪い取って背中に回るとスタースクリームは逃げようとした。 それはスカイファイアーからすれば私が嫌いだから逃げたと取れたが スタースクリームや今この地にいるトランスフォーマーからすれば 戦争の最中に敵に背後を取られるという恐ろしい状況からの離脱であって スタースクリームに非はなかった。 「何もしないよ、ほら」 優しく逃げようとした腕を掴めばスタースクリームは嫌そうな顔のまま 再び草が生える地面へと腰を下ろしてくれた。 スカイファイアーは微笑んで「有難う」と礼を言った、スタースクリームは ますます顔をしかめるだけだった。 「さっきはごめんね」 「…」 「あんな事するつもりはなかったんだけど」 「…なあ」 「ん?」 スカイファイアーは一体で居たくなかった。 トランスフォーマーがいたらこそこそ隠れて、石を蹴ってしまえば それを元にあった場所に戻すという地道な作業をしていた為 誰でもいいから話し相手が欲しかった。それが話してはいけない相手だった としてもだ。 「…あれ、どう言う意味だ」 「…あれって」 「…」 (でも、私は君が好きだよ) あれのことかなぁ、とスカイファイアーは悩んだ。 今思えば何故あんなことを言ってしまったのか。 スカイファイアーは悩むついでにスタースクリームの顔を背後より窺ってみた。 赤い目はまっすぐ滝に向かい、口は真一文字よりも微かに口角を下にさげる形を していた。怒っている表情だ。 しかしその頬がいつもよりも赤みを帯びているのにスカイファイアーは気付いた。 それは本当に微かなもので、惑星探査で磨き上げた観察力に優れる スカイファイアーでなければ気付くことも出来なかっただろう。 「…言葉の意味かな」 「…てめぇこの間撃ってきたじゃねぇか、それが好きだってのか?」 まったくありがてぇ話だよ、と皮肉を吐くスタースクリームの背後で スカイファイアーは顔をしかめていた。 もしこの次元の自分に会えたら殴ってやりたいと思っていたのだ、仮にも 恋人でこんなにも愛しい彼を撃つとは何事だ。 確かに、少しばかり気性が荒くなってるがそんなの気になる話じゃない。 「君は?」 「あ?」 「君は、私のこと好きかい?」 こちらを見たスタースクリームはきょとんとしていた。 なんだ、そんな表情も出来るんじゃないか、と安心する。 わざとスカイファイアーはスタースクリームを「君」と呼んでいた。 自分の大事な彼と一緒にするのは少し後ろめたかったからだ。 しかしその顔を見て一瞬だけ今ここに居る彼と今は居ないスタースクリームを 同一視してしまった。 「あ、なに、言って」 「…」 どもるスタースクリームににっこりと微笑を送ると見る見るうちに頬が赤くなり 処理し切れなかった熱が顔全面に現れてきた。 それに気付いてスタースクリームが顔をそらすとスカイファイアーは また羽を拭く作業に戻った。今の顔が答えになっていたからだ。 「…」 「…」 意地っ張りなところは変わらないのか、と笑みが漏れる。 もちろん素直なのは良い事だ、でも意地っ張りなところも含めて好きなんだ。 ふとスタースクリームの羽がこちらに寄ってきて体重を預けてくる。 最初こそなんだろうと思ったが別に気を失ったわけでも疲れているのでもなく 寄りかかってきたのは甘えたいのが理由だと気付く。 微笑み、頭を撫でてやるとスタースクリームは「さわんなよ…」と呟いた。 俯き、じっとしているスタースクリームの言葉が嘘だとわかる。 後ろから寄りかかってくる体重もスタースクリームの気持ちも全部受け止め ているとスタースクリームが少しだけ顔をこちらへ向けた。 「ん、なんだい?」 「…ろよ」 目が合わない程度にこちらに顔を傾けているスタースクリームは覗き込んでも 顔色は窺えなかった。「え?」ともう一度尋ねる。 ここは滝の目の前だし、小さい声はどんなに懸命に聞こうとしても 聞き落としやすいものだ。 「抱きしめろよ…」 やっと拾った声は信じがたいものだった。 聞き返すつもりはなかったが思わず「え」と言葉を落とすと 目元は見えない程度にこちらを向くスタースクリームが頬を赤くして歯を 噛みしめるのがわかった。 恥をかかせるつもりなんてなかったが、どうしても信じられないと言うか スタースクリームがこんなにも自分を思っているのが驚いたのだ。 「…っ命令だ!一度でわかれよ!」 「…命令じゃなくても、それくらいしてあげるよ」 噛み締める歯が驚いたように微かに開いてこちらを見た。 赤い目に笑いかけてゆっくり背後より羽の下から脇の間に手を入れて 腹部のほうへ腕を回すと自分の両手を重ねて抱きしめた。 「…も、もっと強く」 「…」 ぎゅっと強く力を込めるとスタースクリームが息を呑んだのがわかった。 背中と、手にスタースクリームのスパークの脈動を感じる。 自分で抱きしめろと言っておいて、自分でもっと強くと言っておいて 緊張しているのだ。 「スカイ…ファイアー…」 スタースクリームの声に引き込まれそうになるのを耐えていた。 もっと強く抱きしめて、できることならキスしてあげたいが これは、浮気というか…その、大丈夫なのだろうか。 自分まで感化され、スパークが音を立て始める。 ふと背後より殴られた。自分が生きてきた中でこんなに強く殴られたのは 初めてだと思う。 口から呻きが漏れるとスタースクリームが驚いて立ち上がった。 「スタースクリーム無事かぁー?」 「てめぇ、何こんな所でサイバトロンに拘束されてんだよ」 「なっ…てめぇらどうしてここに!」 頭を殴られて四つん這いになったスカイファイアーは頭を押さえていた。 ぐらつく頭を懸命に修正しようと試みる。 「コンバットロン!呼んでねぇぞ!」 「メガトロン様がスカイファイアーを回収しろって言ってたろ?」 「メガトロンが…?」 「先にビルドロンがこっちに向かってたはずだけどまだなのかよ」 スタースクリームはきょとんとしたまま5体を見つめていた。 しかしスカイファイアーはまだ逃げ切れることを確信していた 何故ならここにいる誰よりも自分の身体は大きく、肩に担ぐことも ましてや足と腕を持って運ぶのも困難だからだ。 「じゃ、基地に運ぶぜ」 「ま、まて…勝手なこと…」 スタースクリームがしどろもどろに反論しているがやはり敵と味方だと 言う立場上「こいつを助けろ」と言う事は躊躇われるらしい。 5体は顔を見合わせるとそのリーダー格が叫んだ。 「ブルーティカス、スクランブル合体システム作動!」 「…っえ…!」 変形した5体がくっ付き始めそれは見たこともない大きさに変形をした。 5体が1体になると言うのか、どんなトランスフォーム構造をしているのか スカイファイアーは好奇心を覗かせたがその大きな手が自分に向けば それ所ではなくなる。 腕ごと上半身を掴まれるとその大きなトランスフォーマーは 羽もないくせに空すら飛んで見せた。 スタースクリームがその肩に乗りその大きなトランスフォーマーに 何か言っているのがスカイファイアーから見えた。 「ブルーティカス。こいつは俺が尋問する、怪我をさせんじゃねぇぞ」 「多少は仕方がねぇだろ」 「極力控えろ」 スタースクリームは肩に乗りながらもこちらを見てくる、その視線が 微かに不安に揺れ動き心配しているのがわかった。 大丈夫だと意味をこめて頷けばスタースクリームも小さく頷いた。 …ある意味これでよかったのかもしれない。 スタースクリームはまだきっとあの基地内にいるに違いないのだ。 何とか探し出し、早く逃げなくてはいけない。 何より、スタースクリーム同士が接触することは避けるべきだ。 どこにいるんだい、スタースクリーム。何もなければ良いのだけど。 * 「おえぇえええ…」 「…お前はいつからそんなに酒に弱くなったのだ…」 「ちょ、っと…」 濃度が濃すぎたと言うか、慣れない濃度に酔った。 スタースクリームは大帝の振舞うエネルゴンを片手に吐き気を催し 口に手を当てたまま机に倒れこんでいた。 →