スカイファイアーの膝の上に横向きで乗った状態で肩を掴まれれば もう逃げ場がなかった。それほどまで自分たちの体格さは歴然としている。 この男は自分をどうするのだろうか。サイバトロン、という軍に所属しているのは わかったのだがそれが自分の軍とどういう違いがあり何故争うのかはわからない。 しかしやはり敵軍の参謀が居れば捕虜にするなり、なんなりにするのが 普通だとスタースクリームはそこまで考えて顔をそらした。 「…上から落ちてくるだなんて」 「…あ、あぁ」 「さっき、あそこに居てって言ったのに」 「メ、メガトロン、様がきて」 「あぁ、迎えに来たのか…あの爆発もメガトロンだったみたいだしね」 「…」 ちらりと表情を見れば相変わらずその顔は笑っているが 決して優しく微笑んでくれているわけではない。ただ口元が笑みを浮かべているだけ のそれは自分に恐怖を与えていた。 まさか、殺されたり、しねぇよな。 「…本当今日は大人しいんだね」 「…」 「どうかしたの?」 「…べつに」 「…」 普段の俺、こいつの知る俺とやらはどう対処するのだろうか。 はっきり言って自分は他人との接触を極端に嫌う。研究所にもやはりスキンシップと 称して触れてくる輩は多いし、それを殴り飛ばして喧嘩になるのも しょっちゅうだった。 今こうしてこいつの胸の中に抱かれていられるのは「スカイファイアー」だからだ。 自分の背中に感じる腕と抱くように拘束される身体が他人の装甲を感じて ざわつき苛立ちを覚えるが視界に白い機体が入り込めばそれは落ち着いた。 触れているのがスカイファイアーだと確認すれば安堵の息が漏れる。 「…武器は?」 「え?」 「いつもつけているだろう」 ここに、と腕を擦られる。 そういえばあの同型の、サンダークラッカーとか言う男は腕に銃器を つけていたはずだ、もしかしたら自分も同じ場所につけているのかもしれない。 「あ、あぁうん」とか微妙な反応を返せばスカイファイアーは首をかしげた。 完全に怪しまれている、このままはやべぇよなぁ。 「は、放せよ。俺帰らねぇと」 「…」 擦られた腕をしっかりと掴まれて引くことも押すことも出来ない。 とりあえず「放せ」と言ってみた、更にはデストロン基地に帰ると匂わす台詞も。 所がスカイファイアーは自分の顔を覗き込んで動かない、ばれた、のか? 「本当に…どうしたんだい?」 「え」 「怪我でも、した?」 「…」 「具合は悪くなさそうだけど、怪我をしたならリペアをしないと」 「…」 どうしてだ? 気付いてない、しかし俺を心配する。 俺とお前は敵なんだろ、争ってるんだろ、それでいて攻撃したり拘束する対象だ。 何で心配なんてする。 「ど、うして、んな心配すんだよ」 「…」 「…」 スカイファイアーが一瞬目を細めて悲しげな表情を晒したのを真正面から 見たスタースクリームは逃さなかった。すぐに無表情に戻ってしまったが悲しげな 顔をしてこちらを見たのだ。その表情をさせたのは誰でもない自分だ。 そのままずっと見つめていればスカイファイアーは気まずそうに顔をそらして 小さく口を開いた。 「私が君を心配するのはいけないことかな」 「…」 「…君は、しつこいと、諦めの悪い奴だと思うかもしれないけど」 「スカイファイアー」 その続きは吐かれなかった。ただスカイファイアーは顔をそらしたまま そう言い残した。そらした表情は自分のアイセンサーの視界範囲内にいて 横顔だけが見える、その横顔がしかめられ歯を食いしばっているのがわかった。 だから、なんでそんな顔すんだよ。まるで俺が悪いみたいじゃねぇかよ。 こちらからもう一度ゆっくりと名を呼んだ。できるだけスカイファイアーが 俺の気持ちに気付いてくれるようにゆっくりと、発音に気をつけながら名を呼んだ。 スカイファイアーはその横顔をこちらに向けて、少しだけ伏せた目を見せた。 どこかに怪我でも負ってしまったのではないかと疑いたくなるような表情で こちらをみる。アイセンサーだけが「どうかしたかい」と問いかけてきた。 名を呼んだのは良いが何か用があったわけではなく、こっちを無視するように 顔を反らすのをやめて欲しかっただけだった。 見つめ返してくる青色のアイセンサーを黙って見つめ返すしかない。 それでも出来るだけ自分に敵意がないことを伝えたく熱のこもった視線を送った。 「…スタースクリーム」 「…なんだ」 「…今でも」 囁くように呟くスカイファイアーは今にも泣くのではないかと思った。 待ってくれ、俺は今までそんな顔をするお前を見たことがねぇんだよ。 泣かれたりなんかしたら俺はどう反応すりゃ良い? 「好きなんだ」 スタースクリームは気付いていなかったが先ほどの落下のダメージは 思った以上に大きく、ブレインサーキットに未だ衝撃を与えていた。 その衝撃はサーキットの状況把握を司る部分を揺らし、スタースクリームに 冷静な判断と、辺りを窺う能力を奪っていた。 眩暈が止み、視界が通常通り物を捉えたからと自分の体内スキャンを 怠ったせいである。 「俺もだ」 こんな言葉がでてしまったのは彼の過失だ。 スカイファイアーが信じられないと言うような表情を向ける。 その表情からは確かに猜疑心を覗かせていたがそれ以上に「信じたい」と 思っていることもこちらに伝えてきた。 アイセンサーが不安定に揺らめき、スカイファイアーの浅く開いた口からは 金属の歯がぶつかり合ってカチカチと鳴らした。 「…嘘だろう?」 「…」 スカイファイアーの表情にある「信じたい」の部分を大きくしてやりたかった。 小さく首を左右に振ればスカイファイアーのそれは自分の望むように大きくなり 口元は微かに丸みを帯びて笑みを作った。 「…」 スカイファイアーが既に拘束するように掴んでいた腕と背中に回された腕が 一度引くと真正面から両肩に置かれた。 それから自分の表情を窺うような動作をする。 「いいぜ」 その動作は自分の知っているスカイファイアーもする。 両肩に手を置いて、抱きしめるのを躊躇した時の動作にそっくりなのだ。 「いいぜ」と言ってやれば震える指がゆっくりと背中に回った。 正面よりしっかりと、悪意をおびず好意を表す行動をとられる。 強く抱きしめられて身体が軋んだかそれ以上に、ブレインサーキットでも スパークでもない、どこか身体の奥底がぎゅっと締め付けられるように 温かみを帯びた。 自分はその感情の名を知っているが、あえて口にはしなかった。 それでも身体はこの白い大きな機体に抱きしめられるのが好きで好きで 仕方がないらしく歓喜の声を上げていた。 「スカイ、ファイアー」 「…今日の君は卑怯だ」 「卑怯なんかじゃ」 「今の君は」 抱きしめられ、肩に押し付けていた顔が両肩を押し返されたことによって離れた。 身体は密着したまま顔だけ離れると至近距離でスカイファイアーが 見つめ返してくる。怒っているようにも見えて、しかし真剣な表情のまま 頬を微かに赤くしているスカイファイアーなど初めて見た。 それを笑う事無く見つめ返すとふとその距離が詰まった。 「…えっ」 「…」 「ま、まて、それは駄目だ」 スカイファイアーの腕に力がこもり、顔の距離が詰め寄っていく。 鼻先同士がぶつかりあって焦った自分は必死に押し返した。 スカイファイアーと、俺と同じ時間に住むスカイファイアーとだってまだ 2回、いや3回しかしたことがない行為だ。 こんな所まで来てこっちのスカイファイアーにされたくなどない。 「これは駄目だ」という感情が自分のぶれていたブレインサーキットを たたき起こす。 急激に冷静さと状況把握が可能になるとスタースクリームは身体中のオイルが 冷えていくのを感じた。 「今の君は」 「や、やめろって!」 「昔の君に良く似てる」 「…っ」 唇同士がぶつかった。 背中に回る腕が逃げることを許さず、それでも自分は微かに仰け反った。 仰け反った身体を追ってスカイファイアーも自分に圧し掛かる。 鼻で息をすると喘ぐ吐息のように漏れた呼吸が自分の頬を赤く染めた。 放してくれ、助けてくれ。 もう誰でもいい。スカイファイアーじゃなくてもいい。誰でもいいから俺を助けろ。 「っ…ぷは…」 「…」 唇をぎゅっと閉めていたせいもあって口を放した後に 鼻ではなく口で呼吸をすると少しおいしく思えた。 スカイファイアーが腕を放すと膝から床に降ろしてくれる。 やっと解放されたと一息つくとまた顎に手が当たった。 「口を開けて」 「…え?」 「あけたまま」 「…」 あけた、まま? だって、待ってくれ。あけたまま?開けたままにしてたら 唇同士がくっつかねぇんじゃ、ねぇのか? 下手したら、舌が、はいるんじゃ。 スカイファイアーの興奮する息が耳に届いた。 顔が近づいてくるのを右手で押し返すとスカイファイアーは「いてて」と 少し笑いを含んだ声で言った。 「こうしてると」 「…?」 「初めて接続した時を思い出さないかい?」 「は」 接続? 頭の中で首やキャノピーをモニターに繋ぐ姿を想像した。 研究所内ではよくそうやって採取した情報や画像をモニターに映すからだ。 しかし、今の接続の意味はそれとは違うとすぐにスタースクリームにわからせた。 「君は凄く恥ずかしがったけど…私は」 接続。 頭が異常なまでに熱くなる。 ブレインサーキットがエラー音を奏でるまで後数度足らずだろう。 そういや、見たことがある。研究所で阿呆どもが変な映像を見てるから 自分もちょっと立ち会ってみたら身体同士で、接続して。しかも下腹部の コネクタとレセプタクルを使う、随分と行動に制限をされる接続の仕方で それが、確か。有機生命体で言うところの。 「顔が赤いけど、大丈夫?」 「え、あ」 「あの時もそんな感じだったよ、顔真っ赤にして」 「や、めろ」 「でも、可愛かったなぁ」 またアイセンサーに異常が起こったのではないかと思わせた。 緊張と恥辱で見えるものが滲み、揺らめき見えにくかった。 俺と、スカイファイアーがあれをしたって言うのか? 嘘だ。そんな馬鹿な話があるはず。 「機体差がありすぎて大変だったけど」 スカイファイアーの言葉がリアルすぎて冗談に聞こえない。 ここは、未来だったよな。じゃあ俺は、こいつじゃないスカイファイアーと 接続するって意味、か?いつ、どこで、どうして。 だって口くっ付けるのも数回しか。大体口くっつけても意味なんてねぇし。 非生産的だしよ。 「それで」 「もうやめろ馬鹿野郎!死にやがれ!!」 「えっ」 「聞きたくねぇ!そんな…っ…放しやがれクソ野郎が!」 「す、すまない、スタースクリーム気を悪く」 睨みつけるように顔を上げた。 スカイファイアーは本当に申し訳なさそうに自分を見ていた。 「あっ」 スカイファイアーの背後に立つ男と目が合った。 白銀の男が火薬の匂いを殺してスカイファイアーの後ろに立っている。 その腕につけられたカノン砲がスカイファイアーに向けられているのに 気付いた時にはどうやら遅かったようだ。 「ぐっ…あ…!」 「っ…!」 激しい閃光と爆風。スカイファイアーの背中に当たった衝撃は 砲弾ではなかったが焦げるような匂いとやはり強い火薬の匂い、そして スカイファイアーの悲鳴を発生させる効果を持っていた。 知り合いが、ましてや自分の恋人が撃たれたと言うのに自分が何の声も かけなかったのは理由が幾つもある。 一つはこれは本当に自分の恋人ではないと言うこと。 一つは白銀の男は自分の味方で、逆らわない方がいいからだと言うこと。 最後に今の今までの会話内容がスカイファイアーに対する苛立ちを つのらせていた事が原因だった。 「…っ…あ」 「無事かスタースクリーム」 「…メ、ガトロンさま…」 「武器も持たずにこんなところをうろつきおって!」 「すいません…」 「だからサイバトロンに襲われたりするのだ」 …会話内容と何をしていたかは見てなかったようだ。 ほっと安堵の息を隠れて落とすとメガトロンを見た。 「な、なにを」 「捕虜にするに決まっておる」 白銀の男がスカイファイアーに手錠をかける姿を見て焦る。 これは、まずいんじゃないか?スカイファイアーがではなく、自分が 未来の次元、時間軸においてかなり深く関わってきている。 例えばこれでスカイファイアーが破壊されたら俺はこの世界に居ない存在なのに 大丈夫なのか?いや、その前にスカイファイアーが破壊される所は流石に遠慮する 「デストロンの連中に連絡は入れた、ビルドロンの連中が運んでくれるわい」 「ビルドロン…」 「一応コンバットロンの連中にも連絡をいれておくか」 「コンバットロン…」 「怪我はないのか」 「あっ、はい」 「うむ」 満足そうに笑った大帝は自分の頭に手を置いた。 なんだ、この男。説教好きかと思いきや、随分親しげに話しかけてきたり 時には心配してきたり、自分の知り合いには居ないタイプだな。 口元に笑みを浮かべながら何とも表現し辛い視線を向けてくる。 何て、言うんだろうなこう言う目線。余裕ぶってるって言うんじゃなくて 自分より余裕のある、年上の視線って言うか、包容力?って言うのか。 わるく、ねぇんだよなぁ。スカイファイアーとはなんかが違うんだ。 「戻るぞ、スタースクリーム」 「…はい」 メガトロンは気付けばスタースクリームの興味を引く存在になっていた。 自分の好奇心がメガトロンに向く。普段なら色々様子を見るのだが スタースクリームは意識的にその考えを捨てた。 余計なことは考えるな。コインを取り戻すのが俺のやるべきことだ。 スカイファイアーに手錠をかけた状態でそこに放置する。 どうやらビルドロンとコンバットロンと言う部隊が運んでくれるらしい。 出来ることなら手荒く扱って欲しくないと思ったがやはりそれを口に することはなかった。 メガトロンがジェットを噴出すでもなく無音で青空に飛ぶのを背後から見た。 後に続いて空へとジャンプすると続いてアフターバーナーを着火する。 あの青い男が厄介だが鳥からコインを奪い返してあの基地から逃げ出す。 そして本当のスカイファイアーと合流すれば全てが終わるのだ。 今他の事に興味を引かれている場合ではない。 …そういやぁスカイファイアーは今どこにいんだ? 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