この惑星の回りはどうやら何か層のようなもので覆われている。
スタースクリームは水色の空を飛びながらそれを窺った。
決して目で視認できるものではないが地上から10kmを越えた辺りから
発生しその更に奥で濃度が濃くなっている。
不可視光線の電磁波である紫外線を遮断する働きがスタースクリームの目に付き
それに目を奪われていると隣の男が怒鳴った。

視線を送れば白銀の男がこちらを見つめ返している。白銀の男が軍団の長のようだ。
後方を飛んでいたらわざわざ近くに来て腕を掴まれ先頭の方まで移動させられた。
真っ赤な目をこちらに向けて隣を飛ぶ火薬臭い男が自分に説教を垂れる。正直しんどい。
回りは全員知らないトランスフォーマーだと言うことは自分を焦らせた。
何より自分が過去から来たと知られるのはまずいだろう。

始まった説教は右から左に聞き流して自分はスカイファイアーと連絡を取っていた。
実はスカイファイアーはかなり離れた所から自分を見ていたようで
強制的に連行されるのを見て通信を入れてきた。
研究所で使っている周波数だ、他の誰かに拾われることはないだろう。

『大丈夫?』
『…あぁ、なんとか』
『逃げれるかい』
『…コインを』
『ん?』
『奪われたままなんだ』

スカイファイアーが押し黙った。
頭を抱えているところを想像して自分まで頭が痛くなる。
俺の所為じゃない。スカイファイアーもそれがわかっているはずだ。

『どうするつもりだい』
『当然奪い返すけどよ』
『…』
『…なんか基地内に入ることになりそうなんだ』
『基地?』
『あぁ、一応近くまで来てくれてると助かる、コイン奪ったら速攻帰るぞ』
『わかった、このまま尾行して近くで待機する』
『あぁ』
『出来るだけ、怪しまれる行動は避けて、過去から来た事をばれないように』
『…わかってるけど』
『危なくなったら逃げるか、呼んでくれ。すぐ助けに行く』
『…わかった』

スカイファイアーの声が聞こえなくなって自分も通信を閉じた。
目を細めて『助けに行く』と言ってくれたスカイファイアーの声を
何度も聞きなおした。すげぇ、頼もしく思える。

「聞いておるのか!」
「あっはい」
「反省の色が見えんようだな」
「…んなこと」

過去から来たってばれないように。といわれても
この軍団の中で自分はどれほどの立場なのだろうか。
この白銀の男が軍団のリーダーなのはわかるから敬語を使えばいいが他は?
あの青い機体をした男は自分より立場が上だろうか、下だろうか。
多分だが白銀の男が自分にやたらと声をかけてくる所を見ると自分は下っ端ではない
はずだが、むしろそろそろこの男の名を知りたい。
青い男が「なんとか様」って言ってたはず、何、何様?俺も様って呼ぶのか?

「ついたぞ、基地だ」

そこは塩っけのある膨大な水の真上だった。つまりは海の真上だ。
どこに?と首を傾げていると青い男が何か通信して海の中よりハッチのついた
基地がせり上がって来た。あの中に入ると海底基地までいけるのか。
これはコインを奪ってからどうやって逃げるかが問題だな…基地内に入ったら
海上まで上がってくる必要がある。

「まったく、スタースクリームお前はいつもいつも…」
「…」

なんだこの男。説教が好きなのか?
随分と自分にべったりとくっ付いてくる所を見ると結構近しい間柄なのか
にしても説教が長い、しかも「いつも」と言うからには未来の自分は
そんなにおっちょこちょいで失敗ばかりする間抜けなのか。
もう未来ではなく、パラレルワールドな気がしてきた。

「メガトロン様」
「どうした、サンダークラッカー」
「リペアしてきていいですか?スカイワープがひでぇんで」
「あぁ、先に参謀会議を開く、反省会は後でするわ」

スタースクリームは名前と顔を記憶するのに忙しかった。
メガトロン、メガトロン様。サンダークラッカーに、スカイワープ。
まだあの青いのがわからねぇが参謀会議に参加する様子が見えるって事は
あの青いのは参謀なのか、結構地位がたけぇんだな。

「スタースクリーム!」
「あっはい」
「何をしとる!お前もだ」
「…俺も」

…俺も参謀なのか?
腕を引っ張られ広い部屋の椅子へと座らされると近くに青い男が座り
正面にメガトロンが座った。3体だけ?俺らだけなのか?

「メガトロン様」
「どうした」
「アストロトレインたちは良いのか」
「あやつらは負傷が酷い。儂らだけで構わん」
「わかった」

メガトロンが腕にあるでかい銃器を外すと机に置いた。
ぶわっと火薬の匂いがする、しかし腕についているのは一見カノン砲に
見えるのだが匂いの元はこちらではなくやはりメガトロン自身からした。
カノン砲は大量の火薬を使う武器だと聞いたことがある。研究所内で武器にやたら
興味を持つトランスフォーマーに聞いたから間違ってないと思うが
まさか、このメガトロンとかいう奴自身が銃器にトランスフォームするのか?

メガトロンが一息つくようにエネルゴンを口に運ぶ姿を見ながら
隣に居た青い男に声をかける。


「…なぁ」
「なんだ」
「…あの、さっきの鳥が」
「?」
「俺の大事なもん奪ったんだ、ですけど」
「敬語で話すな。気持ち悪い」
「…」

あ、そう。敬語じゃなくて良いのかよ。
こいつと俺は同じくらいの立場なのだと判断する。

「返してくれ」
「後でにしろ」
「今!」
「後だ」

ぴしゃりと言い捨てられて歯をぎしぎしと鳴らす。
何て嫌な野郎だ!まず口調もよくねぇ、俺の中でこいつは嫌な野郎だと
認識された。このメガトロンって奴もトランスフォームしたら何になるんだか
知らねぇけど本当火薬臭いんだよ!
あぁ、スカイファイアーに、早く会いたい。

大丈夫だろうか、ちゃんと隠れられているだろうか。
スカイファイアー、俺が戻るまで、待っててくれよ



*



「…」
「なんとか言ったらどうなんだ?」
「…こんにちわ」
「裏切り者のスカイファイアーめ、何してやがった!」

何、ってスタースクリームと連絡がつかなくなってしまったので
ちょっとでもスタースクリームに隙を作ってあげようと
せり出してきた基地だろう部分に爆薬を少しだけ仕込んでいたのだ。

まさか彼に見つかるとは思ってもいなかった。


「スタースクリーム」


銃器片手に睨んでくるスタースクリームが彼ではないことはわかる。
目、だけでわかった。いつも赤い目がいつも以上に赤く見える。
殺気立ち、鋭く釣りあがったアイセンサーと口元の笑みは
普段「スカイファイアー」と声をかけて笑ってくれるスタースクリームではなく
獲物を見つけていたぶる前の獣に似てると思った。
ここが未来だとするならば彼がそんな顔をする理由は自分にあるのだろうか?
仮にも私と彼は付き合っていて、「一緒に居よう」といえば「あぁ」と
返事を返してくれた。だから、未来でも私たちは一緒にいるはずだろう。

「…スタースクリーム」
「黙れスカイファイアー、裏切り者」
「…何かの間違いだよ、私が君を裏切るだなんて」
「はぁ?よくもそんな言葉が言えたな!」
「違う、私は」

逃げない、暴れない意思表示として頭の横に上げていた腕を
スタースクリームへ向けると威嚇射撃として数発発砲された。
惑星探査で危険動物とであった時のみ使う銃器を目の当たりにして
多少は身体が引けるがしかし当たらない限り、手は引っ込めない。

退かなかった自分に驚いたように下がろうとするスタースクリームの
腕を掴むと今度こそ発砲する気だろう銃を顔へ向けられた。

「私は君を裏切ったりしない」
「裏切ったんだよ!」
「何かすれ違いがあったんだ、スタースクリーム」
「…てめぇ、頭狂ったんじゃねぇの」
「…やめてくれ、そんな酷いことを言わないでくれ」
「お前をここで海に沈めればメガトロンも俺の失敗を許してくれるぜ」
「…君を傷つけたくないんだ」

スタースクリームが目を見開いて顔に向けてきていた銃器を硬直させた。
その銃を逆に掴んで引き寄せるとスタースクリームの腰に素早く手をまわす。
驚いた声をあげるスタースクリームを思い切り抱き寄せて片手を頭部へ
片手を腰へ回したまま力を込めるとスタースクリームが暴れた。

「なにっ、し…!」
「ごめ、ごめん、すまない!」

スタースクリームが背中を殴ってくる。痛いがこんなの耐えられる。
更に力強く抱きしめて自分の身体でスタースクリームを覆ってしまった。
これが体格差というものだ。身体の大きさで無理やり抱きしめるだなんて
本当はしたくないが、今回に限り仕方がないと思う。

「…ス、スカイファイアー!放せ!」
「…できない、スタースクリーム…すまない、でもできない」
「何が目的だ!放せよ…!」
「…」

スタースクリームが暴れるのをやめるのと同時に顔を見た。
恐怖と、威嚇で引きつった顔をするスタースクリームに少しでも安心を
与えられたらと微笑んで見るが「馬鹿にするな」と言い返される。

「…君が私を裏切り者と罵るのなら、それでも構わない」
「あぁ?」
「でも、私は君が好きだよ」

スタースクリームが固まった。
ぽかんと口を開けて驚いた表情のまま固まっている。
名前を呼んで抱きしめる腕の拘束を少し緩くするとスタースクリームは自分の腕の
中よりするりと抜け落ちてそのまま海に落ちていった。

「えっ!スタースクリーム!?」

結構な高さだったせいもあってスタースクリームは海に派手な音を立てて落ちると
浮かんでこなかった。助けに行く、べきではないだろう。
彼はスタースクリームであって、スタースクリームではない。
私が助けるべきなのは、この牢獄のようにそびえる基地の中に居るのだ。

そう言って海底基地を眺めるスカイファイアーは仕掛けた爆発物の着火に動いた。


*



「うわっ!」
「な、なんだ!!」

スタースクリームは椅子から崩れ落ちて尻を強く打った。
基地全体が揺れた。スタースクリームはメガトロンの説教を静かに聞いていたのだが
今の揺れにはその場に居た全員が驚いたようで慌てふためく。

「サウンドウェーブ!」
「はい。ジャガー、フレンジー、バズソー、コンドル」

偵察に使うカセット達が出てくる中にお目当ての鳥が居たのを
スタースクリームは目ざとく見つけた。
カセットがばらばらに散っていくのを見つつも鳥から目を放さない。
メガトロンにばれないようにその場から立ち上がるとその鳥を追った。


「待て、おい!馬鹿鳥!鳥!」

当然返事はなく、廊下では飛べず仕方なく走るしかない自分をぐんぐん置いていく。
大きく開かれた窓が目に入った。まだ現在位置は海の中ではなく
空の上らしく窓より風が入ってくると鳥はそこより外へとでた。

「待て!」

窓枠に足をかけて自分も飛び出る、今度は大空だ。こちらも飛べるほどの広さがある。
ジェットを点火して追うとあちらもスピードをあげた。
完全に基地内、基地回りの捜索をする気はなく大空を自由に舞う鳥に手を伸ばす。
鳥は思った以上に早く、そして巧みだった。やっと手か届く距離に詰め寄れば
速度を落とし、時には逆にこちらに飛んできて脇の下を通り過ぎた。
なかなか捕まえられずに時間だけが経過すると真下が海ではなく
森になるあたりまで飛んできていた。

「頼む…!返してくれ!」
「スタースクリーム」

伸ばした腕とは違う腕を掴まれた。
引っ張られると自分はがくんと身体が揺れ、引っ張った相手の方へ体が傾く。
その声の主が「スカイファイアー」であることを期待していた。
自分の聴覚に届いた声が低く、優しさを含まない声だとわかっていながら
空で声をかけられるとどうしてもあの白い機体を想像してしまう。
何故なら研究所で空を飛んでいれば自分に声をかけてくれるのはあいつだけだからだ。

「…サ、ウンドウェーブ」

そして綺麗に期待は裏切られた。
それは先ほど名を覚えたばかりの青い男だった。

「…あ、の鳥」
「…」
「鳥に返してもらいたいもんが」
「後で返すと言った筈だ」
「…」

サウンドウェーブの肩に鳥がとまった。
ここは大人しく、冷静に返してもらったほうがいい。
この青い男は知り合ってまだ僅かな時間しか関わっていないが
雰囲気だけでやばいのがわかるような奴だった。
きっと他人が困ってるのを見て喜ぶような陰湿な奴に違いない。

「頼む、大事なもん…なんだ」
「…」
「…サウンドウェーブ、なんでもする」
「…」

サウンドウェーブが近寄ってくる。
空の上ではいくらなんでも行動が制限されるし
ここで下手に反感を買うのはよくない、と抵抗せず静かに待った。

「…サウンドウェーブ」
「スタースクリーム」

名を呼ばれる、サウンドウェーブの手が頬に触れてきた。
何をするつもりだ、間違ってもそのままキスをされるような雰囲気ではない。
先ほどから感じているこいつの嫌な雰囲気。
仲間のはずがそれでも感じる威圧感と、油断しないほうが良いと告げる自分の勘。

「…」
「…」

顎を掴まれて顔の角度が固定されるとサウンドウェーブの顔が寄ってきた。
身体が硬直する、なんだ?まさか本当にキスでもするつもりじゃないだろうな。
逃げたいと身体が震えるのを我慢して堪えるとサウンドウェーブの口が
マスク越しに聴覚機能に触れた。

「な、なにす…」

「貴様は誰だ」

驚いてジェットの火を止めてしまった。
身体がふわりと浮いて落ちて行くのをとめることが出来ない。
サウンドウェーブはそれを助けるでもなくただ見送った。
本日スタースクリームと名のつく生命体が落下する2度目である。

バキンと音がして木の枝を何本か折った。
ついでとばかりに頭を強く打った、後頭部だ。

アイセンサーにまで響いたその打撃は視界をぐにゃりと捻じ曲げて
意識を朦朧とさせた。何とか動こうと空に伸ばそうとした腕が力なく地面をする。
視界全体が白んで、時折見える木々はうにゃうにゃの揺れ動くだけで
自分は周りに何があるかまったくわからなかった。

「大丈夫かい…?」
「…」

額に手が触れた。
よく、誰かに会う日だ。

冷たくて、大きい手。
優しくて、落ち着く声。
あぁ、待ってた。お前だ。

「…スカ、イファ…」
「うん、そうだよ」
「…」

ほっとして、ブレインサーキットが復旧しようとする速度を緩めた。
急いで復旧しようとしていた為、多少の負荷がかかって頭が熱い。
しかしその速度を緩めれば熱は冷め、白んだままの視界は正常に戻ることなく
自分は揺らいでいた。

まだスカイファイアーの表情も見えないくらい、頭はぐらついていたが
スカイファイアーが背中に腕を回してゆっくりと抱き起こしてくれれば
安堵の息が漏れた。わりぃ、コイン、手に入らなかった。

「…悪…い」
「…」
「スカイファイア…ごめん」

スカイファイアーが頬を撫でてくれた。
意識が完全にどこか浮ついたままの状態でスカイファイアーの腕に手を縋りつける。
気持ち良い、自分よりも大きい手が、指が身体を撫でるたびに心が安らいで行く。

「…今日はよく会うね」
「…」

スカイファイアー?
顔を上げると白んだ視界に真っ赤なインシグニアが入った。
ぎくりと身体を強張らせるとようやく視界が正常化したアイセンサーは
不敵な笑みでこちらを見てくる男を真正面より捉えた。

「こんにちわスタースクリーム」
「…」

今日が何年で、何月で何日かなんて知らないが。
とりあえず今日は厄日である。