「ふざけんなっ……あ?」
「……」
「…ほ、本当に場所が変わってる」
「…う…」
「ス、スカイファイアー…起きろ…おい!」

スカイファイアーの手から冊子を奪い取って丸めると頭をぽこぽこと叩いた。
呻く声がするが起き上がる気配はなくスタースクリームは何度も小声で
名を呼びながら周囲を警戒した。
多分、どこの惑星かわからないが森の中だ。こんなにも草木の生い茂る惑星は
滅多に見ない。
頭を叩く手を止めて立ち上がると身近な草木に手を伸ばした。
ぶちっと枝ごと折り曲げて手に取ると葉は小さく、指で葉1枚引っ張ると
すり潰されてしまった。

「小さいな…セイバートロン星じゃないのはわかるけどどこだ?」

折った枝を地に捨ててスカイファイアーを見るが動く気配がなく倒れこんだままだ。
どこか打ったのか、損傷でもあるのかとスキャンしてもただ衝撃で
ブレインサーキットがぶれているだけで怪我をしているわけじゃないことを
確認するともう一度周囲を警戒した。

生物の気配がある。木から甲高い鳥の囀り、4速歩行の哺乳類の声。
しかしそれらは自分たちに敵意を持っているわけではない。
むしろ生物が多いと言う事はそれだけここの環境は悪くないと言うことだ。
危険生物がいればその他の生物は逃げてしまう。

それらをスタースクリームは黙って眺めるとスカイファイアーを放置しても
大丈夫だと結論をだした。
こいつの覚醒を待ってる時間があるのなら周囲を探ってきた方が良いだろう。
忍び足でスカイファイアーから離れて木々の間を抜ける。
ちゃんと方角も確認しながらだ。

ここが未来なのか、過去なのか、どの辺りの惑星なのかすらもわからないが
土中と言うこともなければ水中と言うこともなく、ちゃんと目を覚ますことが出来た。
普段お目にかかれない草木や土にスタースクリームは触れながら歩くと
持って帰りたいと研究心をのぞかせた。
嗅覚が青臭いような、しかし嫌な匂いではない草の匂いを拾った。目を細めて
視覚よりも嗅覚に意識を集中させれば水っぽい、自然の匂いがする。
それはスタースクリームが歩めば歩むほど強くなり、踏みしめた草や
近場に立つ木達が風でなびくたびに鼻をくすぐった。

しかしそれ以上に聴覚が拾い上げた音にスタースクリームは顔をあげた。

「…なんだ?」

ばしゃばしゃと跳ねる音、せせらぐ音で液体だと言うことがわかる。
音のする方へ歩みを進ませながらもスタースクリームの中で
微かな答えが見つかっていた。

「水か…?」

それは滝だったがスタースクリームはそれを知らなかった。
オイルではなく、水素原子と酸素原子の化合物である。当然それは知っているが
崖の上より大量に降り注ぐ水。そしてその水は下に溜まり激しい音を立てている。
スタースクリームの立っている地点は滝より離れていて
その水分を浴びることはなかったが滝の落下地点より波紋を作り
足元にまで届く小さな水の揺らめきに目をやってそこへしゃがんだ。

「…すげぇ」

手を水の中に入れる。大量の水など作り出そうと思えばセイバートロン星でも
作り出せるがこうやって自然現象として大量に崖より落ちてくる水など
見たことがなかったのだ。
これは是非スカイファイアーにも見てもらいたいと冷たい水に触れながら思った。
手を引き抜くと自分の手が作り出した幾重の輪を描く波紋はその模様を消していく。

「…あ」

水がまた滝が作り出す微弱な波紋だけになるとそこに自分の顔が映し出された。
しかしその背後に白い機体、スカイファイアーの姿が鏡のように
映し出されているのに気付いてスタースクリームは一音漏らすと
鼻で笑って声をかけた。

「起きたのか?」
「…」
「案外悪くない星じゃねぇか、なぁ?」
「何を言ってるんだい?」
「なんだよ、着地失敗して腹立ってんのか?置いてって悪かったな」
「…スタースクリーム」

立ち上がって名残惜しくも滝を暫く見つめてから背後に立つスカイファイアーの
方へゆっくり振り返った。
低い声で名前を呼んでくる研究仲間兼、親友で、一応恋人な男を正面から見ると
その顔はしかめられ随分と怒っていることがわかった。
いや、怒っている所の話じゃない。その手には銃器まで装備されていた。

「…は?」
「こんなところに君が1体でいるなんて珍しいね」
「…何言ってんだ?俺ら2体で」
「メガトロンならもう逃げたよ」
「……メガ?」

キャノピーに突きつけられていた銃が重々しい音と共に構え直されると
銃口が鼻先を微かに掠めた。その時にわかる銃口から香る焦げた匂い。
その銃が偽者でないことと、少し前に使ったことがわかる。

「…あの…スカイファイアー…?」
「サイバトロンとして君を捕まえる」


聞いたこともない単語が飛び出してきた。


スタースクリームは一瞬停止しかけたブレインサーキットを急いで動かした。
自分は馬鹿ではない、状況把握にはちょっとした自信がある。
そして危険な状況を打破するのもだ。
多分、いや9割の可能性でこれは自分の知るスカイファイアーではないだろう。
しかし見た限りはスカイファイアーだ、銃を持っていること以外。
つまりは過去か未来のスカイファイアーだということになる。
更に言うなら未来の可能性が高い。
こいつは自分の名を知ってると言うことは面識があると言うことだ。
スカイファイアーとは大分長い付き合いになるが一度たりとも
こんな行動を取っているスカイファイアーを見たことはない。

ただそうなると疑問がある。
未来のスカイファイアーはこんなにも凶暴化してるのか?
仮にも恋人な自分に銃器をつきつけて「捕まえる」だなんて良く言えたもんだ。

「…」
「何か言うことはない?」
「…何か?」
「…君インシグニアは?」
「は?」
「羽にデストロンのインシグニアがないじゃないか」

インシグニア?確かにスカイファイアーの身体には赤い何かを示す
インシグニアがある。つまり自分にもあるはずなんだろう。

「あー、ちょっと待ってくれ」
「…なんだい?」
「ちょっとだけ待ってくれ」

キャノピーを開いてダサい表紙のしおりを取り出して
スカイファイアーに背を向けるとぱらぱらとページをめくった。
知り合いと出会った場合とか、自分と遭遇した時の対処法載ってるんだろうなと
すばやく目を通してみたがそんな項目はなかった。
ふざけんなよ、こんなぶ厚く作っておいてタイムトラベルにありきたりな
知人との遭遇すら書いてないなんて、いや、もしかしたら想像もして
なかったのかもしれない。

「…やべぇな…」
「スタースクリーム何やってるんだい?」
「あー、その、また今度にしてくれ」
「…君」
「今俺そろどころじゃなくて」

そこまで言いかけて両腕が伸びてきた。
両手首を鷲掴みにされて強く引き寄せられ目を細め完全に怒っているだろう表情を
後数センチという距離まで詰め寄られもう少しで唇が触れてしまうのではないかと
思う至近距離でスカイファイアーは低く声を発した。

「暴れないでくれ」
「…っな、なに?」
「出来ることなら私も発砲したくない」
「スカイファ」
「しかし私には君を拘束する義務がある」
「い、いたいっ…スカイファイアー…いてぇよ…!」

こんな手荒く扱われたことはなかった。
手首の装甲がざりざりと擦れて痛んだのがわかる。
両手首をガッチリ捕まれたままスカイファイアーは見下ろしてきた。

「今日は、少し君らしくないけど、それは新しい作戦かい?」
「ちが…違う…!いてぇよ放してくれ…!」
「もう、私は君を信用できない」

酷い台詞が聴覚に入り込んできた。
これが未来のスカイファイアーだとしたら自分はこの世界のこの時間軸において
スカイファイアーにこんなにも憎まれている存在なのだ。

ボンッと爆発音がしてスカイファイアーとスタースクリームは聴覚を塞いだ。
その爆発音は混乱するスタースクリームを現実に引き戻してくれるのに
良い音である。
反射で身を低くすると少し離れたところで爆発が起きたのか木が燃え
煙があがるのを視認できた。

「…火が…!」

スカイファイアーが立ち上がって一瞬こちらを見た。
目が合うとスカイファイアーが焦っているのがわかる。
自分をここに置いていけないのだろうが爆発の起きたところにも
駆けつけなければといった気もあるのだろう。

「…ここにっ…いてくれ!」

背を向けて空へと飛んだスカイファイアーを見送ると
スタースクリームは大きなため息をついた。

「…はぁ…そう言われて待つ奴いねぇだろ…」

爆発は気になるがその前にトランスフォーマーが居たこと
しかもスカイファイアーが居たことを
自分の親しい間柄であるスカイファイアーに伝える必要がある。
まだ憶測の域を出ないがインシグニアと言ったからには軍所属なのかもしれない。
そして自分を拘束する。まさか、所属してる軍が違うのか?
それとも同じ軍だけど内部争い?わからねぇ。

とにかく今来た道を戻るだけだ、と記憶していた木々を頼りに
戻り始めると手をついた木の脇から腕が伸びてきた。
白い太い腕を一瞬で見極めると先ほどの腕力を思い起こさせ
身体が勝手に反射で逃げようとする。
しかしその腕が自分の手首をしっかりと絡めとって引き寄せられると
先ほどまで自分を拘束すると言っていた男が現れた。

「やっ…!」
「スタースクリーム!?」

身体を小さくして逃げようとしたのをスカイファイアーは機敏に感じ取ると
「私だ!」と付け加えて名を呼んだ。そんなのは腕が見えた時点で気付いている。
それでもゆっくりと身体の緊張を解くと自分を引き寄せたスカイファイアーの顔を
ゆっくりと見上げた。

「スタースクリーム…私だよ…大丈夫かい?」
「…スカイファイアー」
「今の音は…?起きたら君がいなくて」
「だ、大丈夫だ。それよりもっと場所を変えようぜ。人気のない場所によ」
「何かあったの?」
「とにかく話は後でする。今は場所が悪ぃ」
「…わかった、こっちに…」

口調、表情、雰囲気で本当にスカイファイアーだと認識した。
腕を掴む手も放すまいとしつつも力強く締め付けるわけではなく添えるような
手つきで、手首を傷つけまいと動いてくれている。

「…この辺で…いい?」
「…」

一度頷いて辺りを窺うとスカイファイアーもそれに習って辺りを窺った。
スタースクリームが警戒しているこの状況を「普通ではない」と
感じ取ってくれたのだ。同時に背も低くする。

「…それで?」
「…多分、ここは未来だ」
「どうして?」
「…お前が居た」
「…え?」

スカイファイアーが目を見開いてもう一度辺りを窺った。
更に身を屈めてスタースクリームのインテークに手をかけると
距離を狭めるように引き寄せられる。
先ほどのスカイファイアーを思い出すとまだ身体が逃げようとするが
大丈夫だ、だってこいつは俺の知ってるスカイファイアーだ。

「お前はこの惑星に見覚えは?」
「ないよ」
「じゃあ未来で間違いないな…しかも…すげぇ、乱暴だった」
「…乱暴?」

そんな馬鹿なとスカイファイアーが続けるのに自分の腕を差し出した。
手首には強く握り締められて擦れた跡が残っている。
驚いた顔でその手首にそっと触れるとスカイファイアーは唇を震わせながら
こちらをみた。

「そんな、私が?」
「…あぁ」
「嘘だ…君にこんなことするはずない」
「…」
「すまない、すまないスタースクリーム。そんな、嘘だ」

手首に唇を押し当てながらスカイファイアーは目を細めた。
その声は震えて、顔は苦痛に歪んだ。お前がやったんじゃないんだぜ?

「…スカイファイアー、早くここから」
「あぁ…戻ろう、嫌な予感がする」

本当は「インシグニア」「銃器」「爆発による炎」全て打ち明けようと思ったが
スカイファイアーのこの様子を見る限り言わない方がいいだろう。
『もう、私は君を信用できない』この台詞を言われただなんて言ったら
どんな顔をするか、きっと謝って謝って土下座するかもしれない。
しかしこれは言う気になれない。自分ですら、だいぶ傷ついた。

「コイン…」
「あぁ」

スカイファイアーがコインを取り出してそれを指に挟んだ。
それを弾けば元に戻れるのだ。もう少しここに居たい気もするが
自分たちのためにも早く戻るのが利口だろう。

「…ん?これは」
「…鳥型トランスフォーマー?」

スカイファイアーの肩に鳥がとまった。
しかしその羽は金属で出来ている、間違いなくトランスフォーマーだ。
スタースクリームと目が合うとその鳥はコインを嘴に咥えて飛んでいった。

「あっ…あの!馬鹿鳥!」
「コインが!」

スタースクリームが空へ飛んだ鳥を追って空を飛ぶとスカイファイアーが
その腕を掴んだ。引っ張られてスカイファイアーを見下ろしつつも
スタースクリームは舌打ちをする。

「駄目だ!」
「すぐ戻る、待ってろ!」

振り払いジェットを熱くするとそのまま飛んだ。
あんな鳥に負けるスピードじゃない。すぐに追いつく。

思いの他早いそのトランスフォーマーが自分を待つように空中で静止した。
「よし…」と声に出して手を伸ばす。そうだ、動くなそのままだ。
もう少しで触れると言う所で肩に手が触れた。
あぁ、スカイファイアーめ、待ってろって言ったのについてきやがったのか。

「なに、」
「…スタースクリーム。何を遊んでおる」


え?
振り返るとそこには白銀のボディが浮いていた。
驚いたのはそれがスカイファイアーじゃなかったこともだが
それよりも羽がないのに空を飛んでいることだ。まさか未来にはそんな
システムまであるのか?むしろ俺の名前を知ってる…?

「メガトロン様、全員撤退した」
「わかった、ジェットロン!参れ!」

背後に青い機体が浮いてくる、これまた羽はない。
見る限りサウンドシステムだ。胸元のカセット部分が開くと先ほどの
鳥がトランスフォームしてしまわれていった。

「あっ」

コインまで飲まれた!サウンドシステムの胸の中に飲まれた!
口を開けっ放しでそれを見るとその青い男がこちらを見た。

「なんだ」
「え、あっ、その」
「…?」
「いってぇー!スタースクリーム先に逃げやがったな!」
「スカイワープ大丈夫かぁ?」
「…っ」

俺と同じ機体が同じ高度までやってくる。
紫と水色のジェット機がお互いを支えあうようにこちらに近寄ってきた。
そんな、まったく同じ機体なんて初めて見た。羽を持つ者が珍しく、同じ研究所
にはスカイファイアーくらいしかいなかったと思う。
完全に自分は囲まれてしまった。なんだこいつら、俺を知ってるのか?


「とにかく、今回の作戦は失敗だ」
「…はぁ」
「何を呆けておる!今回の失敗、貴様に責任があるのだぞ!」
「えっすいません!」
「デストロン軍団続け!」

白銀のトランスフォーマーが先頭に次々トランスフォーマー達が飛んで行く。
口をぽかんと開けたままそれを見るが情報収集も欠かさずやっていた。
全員にある紫色をしたインシグニア。スカイファイアーは赤だったはずだ。
つまり、別の軍団ということだ。

…俺はこっち側のトランスフォーマーなのか?


「おい!なにやってんだスタースクリーム!」
「帰るぜ」
「…どこに?」

自分の口から漏れた言葉を2体のジェット機は目を細めて受けた。



「デストロン軍海底本部基地」
「早くいかねぇと入るタイミング逃すぜ」



頭が痛くなった。