渡されたしおりの表紙には恐らくトランスフォーマーであろう四角い形をした生物が 恐らくセイバートロン星だと思われる丸い物体の上でジャンプをしながら 「知ろう相対性理論!」とのたまっていた。 無言で手を伸ばし、それを受け取ったスタースクリームはぱらぱらと数ページ めくると見辛い小さな字で細々と字が書かれ、表紙のファンシーさは どこへやったのか「罰則行為について」など穏やかではない言葉が飛び交っていた。 最後まで見ることなく無言でそれを閉じると目の前にいる白い男は首を傾げて 「どうかした?」などと言ってのけた。 「やっぱ俺いかねぇわ…」 ワンコイントラベル 「どうして?」 「なんだよこれ…だっせぇ」 「表紙を描いたのは私じゃない」 「お前かどうかは聞いてない」 いや、この絵を描いたのが仮にこいつだったとしたら正直付き合い方を 改めたくなるほどの代物だ。 しかしスタースクリームが言いたいのは滑稽な表紙などではない。 そもそもの原因はこの100はあるだろうページ数の冊子が理由である。 スタースクリームは顔を歪め、頭をとんとんと叩いて大きなため息をついた。 「旅行って言ってなかったか」 「そうだよ。時間旅行だ」 「…ふざけんなよお前…」 数日前、ちょっとした研究結果の結論について2体はもめた。 それは少し互いが譲り合えばもめるほどの大事ではなかったのだが 研究者とは譲り合わない生物である。 結局互いに違う結果を上司に提出したのだがスカイファイアーは 提出した後でやはり自分が折れるべきだったのだと改め謝罪に来た。 そのときの謝罪が「旅行へ行こう」だったのだ。 「突然何言うかと思ってたぜ…そうだよなぁ、休みなんてもらえるはずもねぇ」 「いや、でも本当遊んできて良いって言われてね」 「結局はそれも研究じゃねぇか!」 厚みのある冊子を握り締め、それをスカイファイアーの腕に向けて何度も振り下ろし ばしばしと音を立てるとスカイファイアーは「はは」と簡単な笑いを落とした。 「いや、でもね。私たちの研究じゃないんだ」 「はぁ?」 「私たちは今一応他惑星の地学と生物を中心にしてるだろう」 「今はな」 「相対性理論を専門としてる研究員に協力を依頼されてね」 「結局研究だってことだな?」 「違うよ、落ち着いて」 スカイファイアーは「まぁまぁ」となだめた。 スタースクリームは相変わらず口元を歪めたままだったが スカイファイアーが周りを窺ってから頭を撫でるとスタースクリームは 振り払うことなく少し目を細めただけだった。 この2体は付き合っている。 付き合っていると言っても互いに「好きだな」と言い合っただけで 唇同士を触れ合わせたのも片手の指で足りるほどの回数で お互い頭の中に「接続」などという言葉はなかった。まさに清いお付き合いである。 むしろ2体っきりになったからと言って抱きしめ合うわけでもなく 毎日研究について語り合うだけの友人の延長でしかなく、「恋人」と言う自覚は 薄かった。 「それで?」 「話せば長くなるんだけど、前研究で一緒だった奴が自分の代わりに タイムトラベルして欲しいらしくて」 「何で自分で行かねぇんだよ」 「第三者に行って欲しいんだってさ」 「…ふーん?それで?」 「タイムトラベルして、数日そっちでゆっくりしても戻ってくるのは こっちの時間でタイムトラベルした数秒後だ」 「好きなだけ休暇が貰えるってことか?」 「まぁ、そんなところかな」 「…」 丸めていた冊子を開いてもう一度ぱらぱらと中を見た。 まぁ、悪くない話かもしれない、などと思い始める。 「じゃあこの気色悪い表紙を描いたのは?」 「その研究仲間さ」 「…センスねぇな…だいたい何で紙なんだよ」 「最近紙に凝ってるらしい。面白いんだって」 「…」 インクの無駄だな。そんなものに凝る前に絵を上達する為のデータでも インストールしたら良い。 スタースクリームは生返事を返すと目に付いた項目を指差して スカイファイアーに見せた。 「ここは?」 「…そこだけちょっと協力してくれるかい?」 注意事項が約10ページ分、みっちりと書き込まれている。 最初の方は読み飛ばしたが最後の数行に「レポート」と言う字が ちらちら浮かび上がる。 最後の一行には「レポートは迅速に提出するべし」とまで書かれている。 「あちらでの行動は全てレポートにして欲しいらしい」 「面倒くせぇ!」 「厳密に全てではないだろうから、特別な言動のみで良いと思う」 「それに、これなんだよ!」 全て黒字の中に赤字で書かれる一文。 『タイムパラドックスは起こさないこと』その下からは黒字で細かく 蹴飛ばした石、飲食したエネルギーは全て元に戻しておく事とまで書かれている。 「私たちが時間旅行したらその時間で生命が2体増えたことになるから」 「だからなんだよ」 「痕跡を全て消しておくことって意味だと思うんだ」 「蹴飛ばした石まで面倒見れるか!」 「そこは私が面倒みるよ」 ねっと首を傾げながらもう一度頭を撫でられる。 レポートなんで面倒臭い、痕跡を消すなんてもっと面倒臭い。 しかしスカイファイアーが全責任を取ってくれるのなら、それも良いかもしれない。 「…まずは話だけ」 「ありがとう。エネルゴンは私に詰んでいくから」 「…」 まずは研究仲間に会いに行こうと腕を引かれるままに移動を開始した。 * 「連れて行くのはスタースクリームだけなのか?」 「あぁ」 「わかった。俺らの代わりによろしく」 訪れた研究室には見たことのないトランスフォーマーが2体いた。 どうやら喧嘩していたようで腕や腰からボルトやナットが抜け落ちて転がっている。 スタースクリームからすればくだらないが喧嘩の内容は タイムトラベルした時のパラドックスについての結論でもめていたらしい。 その辺りは話がややこしいのでスタースクリームは聞きたくもないと 無視を決め込んでいた。 「パラドックスを起こさないようにね」 「パラドックスなんて存在しねぇって何度言わせるんだよ!」 「タイムパラドックスは存在する。何度も言わせるな」 「喧嘩しないでくれ」 「…くだらねぇ」 スタースクリームは先日自分達も同じように結論の違いで喧嘩したことを忘れて 呆れた。どうでもいいから早く出発したい。のんびりしたい。 「世界や時間は簡単に壊れたりしない。タイムパラドックスが起きる前に世界は それを感じ取り素粒子レベルの再構築が」 「親殺しはどう説明するつもりだ、素粒子なんてものじゃ」 「生命に関するものはそもそもパラドックスが起きないようになっている お前はだいたい」 「喧嘩しないでくれ、君達のその疑問解決の為に私達が来たんだろう?」 「…どうでも良いんだけどよ」 大きくため息を吐くと3体がこちらを見た。 スタースクリームはこれ以上話が長くなるならまた後日にしてほしいくらい 飽き飽きしていた。 「なんだい?」と声をかけてきたスカイファイアーを見つめ返して スタースクリームは腕組む手を解くと仁王立ちして 多分、タイムマシンだろうと思われるものを指差した。 「過去と未来、どっちに行くんだ?」 あっと間抜けた声がスカイファイアーからでる。お前も知らなかったのかよとは 突っ込まず喧嘩しそうな2体を見るとやっと冷静になったのか 振り上げていた腕を下ろしてしゃがみ込むと床に落ちたボルトを拾い始め そのままの体勢で説明を始めた。 「それはわからないんだ」 「…は?」 「指定できない」 「…そんなものを試すつもりだったのか」 「一応時間移動しているのは確認済みだ。戻ってくる方法もある」 「転送装置はここに置いたままだ。戻ってくる時合図しろ」 「お前らに取り付けた機器を媒体に引き戻すから」 「…」 スカイファイアーを黙って見つめる。 こいつら信用して大丈夫なのか? スカイファイアーは視線を気付いて困った顔をした。 「えーと、時間移動は可能でも空間移動は?」 「それも適当だ」 「…それってどこに移動するかわかんねぇって…」 「宇宙のど真ん中かもしれないし、見知らぬ土地の土中。水中かもしれない」 「帰る」 スタースクリームは背中を向けた。 何が好きなだけ休暇だ。信じられねぇ。ただのモルモットじゃねぇか。 スカイファイアーが慌てたように腕を掴んできた。それを振り払うように腕を回すと スカイファイアーの必死な表情が目に入った。 「ス、スタースクリーム…!」 「ふざけんな!死ぬかもしれねぇぞそれ!」 「今のは半分冗談だ」 「はぁ!?」 「過去でも未来でも、自分たちを構成する似た存在の近くに出るはずだ」 「…トランスフォーマーの近く、ってことか?」 「そうだ。トランスフォーマーが居なくても金属はあるだろうよ」 もう一度スカイファイアーを見ると困った顔をしている。 断れないのだろうがこんな危ない話に乗って大丈夫なのか? 「もし危なくなったらこれを宙に投げろ。指で弾くように」 「音を立てて弾くんだぞ」 「…コイン?」 受け取ったのは特殊金属で作られたコインだった。 薄く小さいコインだが軽くスキャンするだけで内部の構造は酷く複雑で 研究者であろうと把握できないほどだ。 「何でできてる」 「説明すると長くなるぜ。過去だろうと未来だろうとそれを弾けばこっちに音が届く」 「なに?どんな構造に…って長くなるんだったな…」 「音が聞こえたらこっちでお前らを引き戻す。体内にこれを入れておいてくれ」 更にもう一つ小さい機器を受け取る。 こちらは内部の構造もむき出しのようなただの機械だった。 キャノピーを開いて放り込むとスカイファイアーも同じように内部に しまいこんでいた。 「危険が迫ったら、または帰ってきたくなったら指で弾けよ」 「…スカイファイアー、任せる。無くすと困るからよ」 「わかった」 「まぁ、興味なさそうだからタイムマシンの説明も省く」 「いいから、早くしてくれ」 「はいはい」 研究室奥に置かれる転送装置はリング型をしていた。 中に入れるようになっているそれに2体同時に入り込むと自分たちの周りを 囲むリングがゆったりと回りだしキラキラと光る。 「綺麗だ」 「おい、これ本当大丈夫なのか?」 「一応何度かテスト済みだ。トランスフォーマーを転送するのは初だけどな」 「……」 「……あの、大丈夫と聞いてるんだけど」 「大丈夫さ。スペースブリッジだとでも思えって」 「もし未来だったら戻ってきた時、記憶デリートするから大事な記憶は保存しとけ」 スタースクリームとスカイファイアーは暫く黙り込むと互いに顔を見合わせた。 暴れだしたのはスタースクリームだがそれを機微に感じ取った スカイファイアーが羽交い絞めする。 「き、聞いてねぇぞ!!」 「え?しおりの注意事項に書いておいたぞ」 「大事なことは口で言え!」 スカイファイアーが冊子を取り出してページを素早くめくると確かに 注意事項に「未来に移動した場合、今後の行動に変化が現れ タイムパラドックスの恐れを伴う為、トラベル中の記憶の削除を行うむねとする」と 表記されていた。 「休暇にならねぇ!」 「じゃ過去だと良いな」 「いってらっしゃい」 「やめっ…!」 回るリングが高速で回り始めスタースクリームもスカイファイアーも知らない 構造が激しく活動を開始し、リング内の圧縮された質量が時空を微かにゆがめる。 リングが音速で回転し始めた時、激しく光ったことだけがスタースクリームには わかった。 →