ちょっと前にサウンドウェーブと酒を一緒に飲んだ。
サウンドウェーブのおごりで、普段飲む機会のない強い酒は最高だったのだが
やはり強い酒は思考を鈍らせるもので、つい失言したのだ。

「俺、音楽わっかんねーしよ!」
「…」


そのときのサウンドウェーブの顔は忘れもしない。



パブロフ




あの日から数日経過していた。
仕事を終えるとサウンドウェーブが迎えきて、毎晩部屋へと招かれた。

「サンダークラッカー」
「…サ、サウンドウェーブ…」
「こい」
「あ、あのっ…俺が悪かったよ…!」

手首をがっしりと掴まれて引き摺られる様に歩き、時々拒むように手を引き抜こうとする。
数度目それを繰り返すとその拒否行動に焦れたようにサウンドウェーブが壁に押し付けてきた。
痛くはなかったが激しく押し付けられて顔をしかめると静かにしかし怒気を含む声色で囁かれる。

「黙ってついてこい」
「はっ…はい…!」

傍から見たら止めに入るようなその勢いだが周りには誰もいない。
もし近くを誰かが通りかかっても鼻で笑って止めることはないだろう。
何故なら知っているのだ。サウンドウェーブが怒っているのを。そしてその理由さえも。

サウンドウェーブの寝室に招き入れられたサンダークラッカーは寝台に放られ
その隣にすぐ座り込んだサウンドウェーブはサンダークラッカーの頬に手を伸ばした。
そのまま交歓行為にでも入りそうな勢いだったがこの2体はそういう仲ではない。




あの日メインルームでぼんやりモニターを見ていたらサウンドウェーブが入ってきて
メガトロン様やスタースクリームを探した後に自分に声をかけてきた。
エネルゴン酒が余って仕方ないから飲もうと言われたのだ。珍しいこともある。

それで酒を飲みつつちょっと話しをして、盛り上がってきて
サウンドウェーブが「音楽は良い」とか言い出して酒の入ってる自分は馬鹿だったのか

「俺、音楽わっかんねーしよ!」

なんて言ってのけたのだ。サウンドウェーブがガタっと席を立って暫く動かなかったのは今でも覚えてる。
あ…と機体の色だけでなく顔すら青ざめてすぐに謝ったが首をつかまれ床に押し倒された。
必死に暴れてると椅子がなぎ倒され、酒を零し、あぁ、俺殺されちまうんだなと思った。
首にあるパネルに手をやられてそこを乱雑に開かれた。

もしかしてパルスを送りつけてきてショートさせるつもりか?それともウイルスとか
ますますぞっとして「いやだっ」と声をだしたがジェットロンはどうしても細身すぎて
実はガタイの良いカセットには力負けする。

ゆっくりとサウンドウェーブの胸より出てきたコネクタが自分の首に埋まっていった。
何かが送り込まれてくる感覚に「あぁ、死んじまうんだ」と、そう思ったのが1週間前の話。



今現在も、そのときと同じように首のパネルを開かれていた。
とは言っても前のように押し倒すのではなく、自分は大人しく寝台に座っていたし
サウンドウェーブはそのすぐ隣に座って仕事をするような手つきで触れてくる。

ゆるりと首のレセプタクルの内壁を入り込んでくるコネクタがしっかりと奥まで挿し込まれると
サウンドウェーブは小型のコンピューターを取り出して自分の仕事を始めた。
自分は何もせず、ぼんやりと首にコネクタが挿し込まれていると言う情けない状況だったが
その首、いや、耳を侵すものがいた。

高い音が数回なった後に奏でられる音。
低い音が高い音の後ろでどっどっとリズムを狂わすことなく高い音を支えるように鳴り
その支えの上で高い音は踊るように次々に音程を変えた。

が、やはりわからない。とサンダークラッカーは静かに顔をしかめた。
音を数回繋げただけで何か良い事でもあるのだろうか。

「…サウンドウェーブ、あの、もうわかったからよ」
「何がだ」
「音楽の良さ」
「わかっていない。ブレインスキャンしている」
「…速く解放してくれ…」

一週間、毎日これだ。
目を細めて自分の体内を動き回る音達を追った。しかしそれでも理解できない。
ちらりと隣の男を見ると音楽を楽しみながら仕事をしている。
時々足でリズムを取るような動きをしているから間違いない。
あえて言うなら毎回音の数が違うから違う曲なんだろうな。と理解できる程度。

…なんか、眠いわ。

言ってしまえば退屈なのだ。
スタースクリームの科学者スイッチが入ったときと似ている感覚。
うだうだわからない専門用語と変な数字を並べられてもわからず寝てしまうのと同じ理由で
サウンドウェーブの音楽という音の羅列も自分からしたらそれと何も変わらなかった。
こいつらに限らず誰しも自分の専門分野になると他人を置き去りにするものだからそれは構わない。
そして暇なのも仕方がない話で、ちょっとだけ、とアイセンサーの出力を落として意識をうつろわせた。
しかし首のコネクタよりバリッと勢い良く曲ではなく、パルスが送られてきた。

「うぁ!」
「…寝るな」
「ご、ごめん!やめてやめて!いたい!」
「…」

痛みに近い鋭さが体内の機器回路をちくりちくりと突き刺してきて悲鳴をあげた。
謝るとそれは少し弱まった、しかしちりちりと寝底には残っているようで体を捩ると
サウンドウェーブの方を見て弱弱しくもう一度謝った。

「ごめん…って…」

その言葉を消し去るように音楽が激しくなり、音量も上がった。
罰なのかその微かに痛いパルスはやむことなくその音量が上がったままの音楽の下で
ちりちりと燻る火のように痛みを放っていた。
耐えれないことはないのだが、指先に棘が刺さったままのような感覚を好む者などいない。
それを1時間耐えるとようやく解放された。

「続きは明日だ」
「…まだやんのかぁ?」
「音楽がわかったのか」
「…わかんねぇよ…全然」
「…」

むっとした雰囲気からサウンドウェーブがまた怒ったのがわかる。
また怒らしちまった…と目を細めるが、どうせ嘘をついてもばれてしまうし
正直に言っておいたほうが怒らせないですむかなぁと思ったんだけど。
ふとサウンドウェーブの低い声が響いた。

「お前が理解するまで続ける」
「…まじかよ…」


サウンドウェーブの目は本気だ。
よかれよかれと思った行動が毎回裏目に出るのはいつものことだ。
しかし自分の迂闊さには心底嫌になる。




*





「寝るな」
「いってえ!」

バリッと漏電音がすると首から体内にかけて痛みが駆け抜けた。
自分が起きたのがわかるとその痛みは去ったがやはり「寝た後の罰」なのか
ちりちりと痛いのか熱いのかよくわからない感覚は自分の胸に残っている。

今日の音楽は常に低い音が羅列する音楽だった。
こんなもの聞いてたら眠くなっても仕方がないだろうがと言いたいのを堪える。
一曲終えるとまた違う音楽に変わり、多分、クラシック?とかいう奴だと思う。

あぁ、次の曲も眠くなるなぁと目を細める。
ばちばちと痛みが送られてくるのだが痛みとは慣れてしまうものである。
痛みは送られてきたがそろそろこの痛みに慣れてしまったサンダークラッカーはアイセンサーの出力を落とした。
燻る痛みに慣れきった頃に今度は意識も落とし始めるとサウンドウェーブが睨んでいることにも気付かず
自分は水の中へ水滴を落とした後のようにゆっくり波を緩め意識を深くへと落とした。

ふと、何か熱が沸いた。

あっ、やべ…なんか
気持ち良い…か、も…

それがサウンドウェーブの行動だと知るのは少し後になる。
送られてきているのは痛みのパルスより変更されていた。
じりじりと体内を熱が這い回る。それが何か気持ちいい。
サンダークラッカーはアイセンサーを見開いて硬直した後に気付いた。

「っ…ん」

ば、ばか、勘弁してくれよ…!
送られてきてるの…快感かよ…!

歯を噛み締めて握り拳を作ると膝の上においてぎゅっと握りこんだ。
それは先ほどの痛みと同等の出力ですぐに自分の興奮を煽るようなものでもなく
気持ち良いのだけど、燻る程度の快感だった。
静かだった波が荒くなり意識が完璧に覚醒するとサウンドウェーブを見た。

「これなら寝ない」
「…や、やめろよ」

小さく拒否を吐いたがサウンドウェーブはやめることなく続けた。
自分は息を必死に整えていて眠るだなんてできず、耐え続けていた。
音楽だけがそんな自分の傍で鳴り続けている。
サウンドウェーブは自分がどうなっているか知っているはずなのに無視を続ける。
手が震え始めて時折小さい声が漏れたがサウンドウェーブは気にもとめなかった。