痛みも苦しさも嫌悪感も快感も全て耐え切った。

メガトロン様。早く俺に触れろよ。
俺にちゃんとした快感を与えてくれるのはあんただけだ。



「スタースクリーム」


寝室へと呼び出されたとき身体が無意識に歓喜の声をあげた。



nirvaba


「メガトロン…様」

メガトロンの名を呼ぶ自分の声は震えていた。
恐れなんてものじゃない。今なら珍しく言えるかもしれない。
好きだ。メガトロン。触らせろ。触って。繋がって。撫でてくれ。

寝台に座ったままのメガトロンに近寄っていく。
目を細めて擦り寄るとメガトロンの手が頬を撫でた。

「メガトロン様…」

甘ったるい声が出た。
手だ。メガトロンの手だ。やばい。嬉しい。
火薬のにおいが強い、自分より大きい手。甘やかすように頬を撫でてくる。

あまりにも遠い道のりだった。
大丈夫だなんていったのは全部嘘でした。本当は途中で何度も逃げ出したかった。
あんた以外にイかされるのは嫌だった。あんたの手で昇り詰めたかった。だから耐えた。

「メガトロン、さま…っ」

これ以上何か喋ったら目から冷却液が零れちまう。


メガトロンの手を握り締めて唇に当てる。甘く噛むように歯を立てると
その手はするりと逃げていった。まだ触り足りないとメガトロンを見つめる。

「…気持ちよかったか?」
「はい?」
「随分と、気持ちよかったみたいだな」
「…何の話です?」
「誰との接続が一番よかったのだ?」

浮かされた熱も、零れだしそうな冷却液も全て取り除かれる言葉。
自分は今、どんな顔をしているのだろうか。

「…メガトロン様…俺が、いつ」
「随分と喘いでいたようだな。普段よりも感じていたのではないか?」
「違う」
「違わないな?スタースクリーム」

何でそんなこと言うんだ。
あんたの命令だったんだろうが。俺はあんたの命令を聞いただけだ。

「…してません。メガトロン様…俺は…」
「嘘をつくでない」
「嘘じゃねぇ!」

メガトロンに掴みかかった。俺がどんな気持ちで今までやってきたかも知らねぇで。
サウンドウェーブとのことか?いや、あれはばれてなかった。じゃあなんだ
アレ以外では他の誰と接続しても俺は達してない。必死に耐え抜いてきた。
感じていなかったといえば嘘だ、それでもそれを楽しむだなんてこれっぽっちも。

「サウンドウェーブ!」
「はい。メガトロン様」
「さ、サウンドウェーブ…?な、なんだてめぇ…」

いつの間にか後ろにいたサウンドウェーブは無言でコンドルをイジェクトした。
スタースクリームの上をコンドルが旋回する。
スタースクリームはゆっくりとコンドルの主を睨みつけて低く唸る。

「なんの用だ…失せろ…!」
「…スタースクリーム」

カチっと音がした。
目前のサウンドに動きはない。むしろ同情するかのような視線が刺さった。
背中に感じた冷たい銃器の感覚はいつも感じるカノン砲よりも冷たく
一瞬で身体中が凍った。

「…メ、ガトロンさま…や、」

最後まで言いきらなかった。背中が急激に熱くなって撃たれたことに気付く。
ブレインサーキットがぶれて何も考えられなくなる。
そのまま膝を床につくと頭を強く床にぶつけた。
床にぶつけた瞬間アイセンサーが光を受け付けなくなった。真っ暗だ。


「捨てて来いコンドル、こいつには少し反省してもらう必要があるわい」


コンドルが一鳴が聞こえた。





*




腕が軋んだ。背中に回った腕がぎしっと音を立てた。
アイセンサーがぼけた状態で周りを映し出す。ここどこだ?
脚が重い。鎖の音が聞こえて両手両足が固定されているのに気付いた。
声をだそうとした。しかし音を作る部位が壊れていて声も出ない。

身体は汚かった。泥だらけで。
大雨が降ってて身体は冷てぇし。顔は泥水に突っ込んだままだし。のくせ動けねぇし。

『気持ちよかったか?』

気持ち良かったわけねぇだろ。気持ち悪かった。
あんたの命令だから脚を開いたんだ。俺にはあんただけだ。メガトロン。

内心そればかり考えていた。しかし自分が声を上げて喘ぐ姿も確かに思い出せる。
違う。あれは気持ちよかったんじゃない。嫌だった。あんた以外にも反応するのが。

『これが終わったらお前用済みだろうがよう?』

違う。メガトロンは俺を捨てたりしない。
俺は優秀で、格好よくて、メガトロンは俺を捨てれない。
そうだろメガトロン。俺が、必要だろうが。

『儂以外でも達したのか』

違う…誤解だ…

『嘘をつくでない』

あんただけ。あんただけだ…俺はあんたが

『捨てて来いコンドル』

「…捨てないで」

壊れた音声で最後に呟いた。
大雨でその声は自分の耳にも届かなかった。


メガトロン様。
俺、もういらないんですかい?


ブレインサーキットの稼働音が小さくなっていく。
何も考えられない。ただ音が変だ。身体、おかしい。
これがもしかして、死ぬってやつなのか?

寒い。
せめて雨だけでも止んでくれよ。うるせぇんだよ。

泥水の中につかる顔を、雨が責めるように打つ。
それに加勢するようにぱちゃぱちゃと跳ねる泥水。
口の中にまで、泥が入り込む。それを吐き出すことも出来ない。


ぴたりと、雨が止んだ。アイセンサーにまた微かな光が戻って一瞬だけ視界が戻る。


「…大丈夫かい?」
「……」
「だから言っただろう?身体は冷やしちゃ駄目だって…」

大きな機体が自分を雨から守るように覆いかぶさっていた。

スカイファイアー。
……どうしているんだよ。

俺のことなんて放っておけよ。
…そういやここ。この間お前をばらしたとこじゃねぇか…
コンドルのやろう。どこに捨てていきやがるんだ

心配そうに頬を撫でるスカイファイアーを黙って見つめ返す。
お前こそ無事だったのかよ。随分元気そうじゃねぇか。
小さく口を開いたがそこから言葉は出てこなかった。名前も呼べねぇなんて。

「あまり心配かけないでくれ…」

泥沼から引きずり出されて抱きしめられる。
あったけぇ。ぬくいなこいつ。つか、お前まで汚れるぜスカイファイアーいいのかよ
お前の、真っ白な身体が、黒く汚れていく。
スタースクリームはゆっくり息を吐き出してその身体にもたれた。
スカイファイアーは重みを感じて嬉しくなったのか更に強く抱きしめてくる。

…あぁ。悪かったよ。



*




「お願いします!コンボイ司令官…!!」
「駄目だ」
「マイスター副官…!」
「駄目だよ、スカイファイアー。彼はデストロン軍団の航空参謀でNo.2だ」
「だって、こんなに…!」

スカイファイアーはスタースクリームを姫抱きにしてサイバトロン基地まで来ていた。
スタースクリームの意識はなかった。後1日でも放っておけば死ぬだろう。
怪我は酷いが故障箇所は少ない。普段の彼ならすぐに動き回れるだろう。
しかしエネルギー不足なのか。スタースクリームの自己修復能力が発動しない。
むしろ逆に故障箇所が広がっていく。

「全員で話し合って結果だ」
「罠かもしれない」
「罠…?罠でこんなにも酷い状態になりますか?」
「…捨ててこい。スカイファイアー」
「……君が捨ててこれないなら、俺が行ってくるよ」

マイスターが腕を差し出してきた。
スカイファイアーはそれを断ると何をしても光を灯さないスタースクリームの顔を覗き込んだ。

「…自分で…やります」
「そうか。わかってくれて嬉しいぞ」
「夜には戻ってきてくれ。スカイファイアー」
「……はい」

スカイファイアーは基地から出るとすでに用意していた洞穴へと向かった。
なんとなくこうなる事がわかっていたから。
崖からスタースクリームを抱きしめたまま飛び降りて空中でジェットを起動させ
ゆっくりと宙に静止する。
ここなら見つからないだろう。木の陰の死角で、かつ空を飛べないと見つからない。

既に寝台も、リペア機具もエネルゴンも準備した洞穴だ。
少し期待をしていた。サイバトロンでスタースクリームを引き入れてくれるなんて。
スタースクリームとまたずっと一緒にいられたら何て妄想、まだしてる。

「…さぁ、リペアしよう」

スタースクリームは何も言わない。
リペアが終わらないとスタースクリームは目を覚まさないだろう。
しかしスカイファイアーは少しの疑念を抱いていた。
損傷は酷くないのだ。意識が戻らないほど酷くない。

とにかく自分の無駄な考えは捨ててスタースクリームの身体を拭いた。
身体全身を拭いて綺麗にするともう時間が時間だったのでリペア機材のいくつかとエネルギー補給機を
スタースクリームに繋いで寝台に横たえた。


「また明日来るからね」


光のともらないスタースクリームからの返事はなかった。





*






「コンボイ。キサマもこれでおしまいよ…」
「そうはいかんぞ!メガトロン!」


いつもの見慣れた光景。しかしメガトロンの隣にはサウンドウェーブしかいなかった。
いつも隣で騒ぐNo.2がいない。当然だ。

その日の戦いは五分だったと思う。エネルギーは強奪されたがメガトロンの今後の動きはわかった。
メガトロンは至って普通だった。むしろ普段よりも随分と調子が良いように見える。
問題児がいない分作戦がスムーズなのか、機嫌も良さそうだった。


「毎日見回りご苦労さま。スカイファイアー」
「いいえ、これくらいしかできませんから」


スカイファイアーは身体の中にエネルゴンを詰んで宙に浮いた。
最近の日課だ。特に輸送機としての仕事がないときは「見回り」をする。
すまない。皆。コンボイ司令官。私は嘘をついています。

「ただいま。スタースクリーム」

頬に触れてもスタースクリームは動かなかった。
一ヶ月以上に及ぶ精密リペアをしてもスタースクリームにかわりはなかった。
リペア機具をモニター表示してスタースクリームのエネルギー残量やブレインサーキットの動きを確認する。
エネルギー残量は満タン。ブレインサーキットに動きはなし。意識なし。

「……そろそろ、起きてくれると嬉しいんだけどね」

意識がないことを良い事にスタースクリームに触れた。
頬に触れて頭を撫でて、時々誰にも断りなくでキスをした。
申し訳ない気持ちでいっぱいになるので滅多にしない。

「…今日はこんな事があったよ」

人間にはこんな知識があってね。
地球での生態系はとても興味深いんだよ。
こんなものを拾ったんだ。なんだと思う?
欲しいものない?スタースクリーム。

見回りと称してスタースクリームにあって、こうして声をかけるのが私の日課だ。
デストロン軍団の動向については一言も話さなかった。聞こえていないのがわかっていても
彼にメガトロンに関することなんて言いたくなかった。


「スタースクリーム。今日、いや明日かな?私にとって大事な日になるんだ」

相槌も寝返りもうたないスタースクリームの手をぎゅっと握った。
大事な日になる。

「私はサイバトロンをやめようと思ってる」

そして大事な一言を大事な人物に言ってみる。少し黙って反応を見たがやはり何もなかった。

「君も、もうあそこには戻らないだろう?なら私がサイバトロンにいるのは間違っていると思うんだ」

デストロンの名前はだせなかった。
あそこなんてぼやかした発言をしたらいつも君は怒るのにやっぱり無反応。

「…君だけを守ろうと思う。この身体を君だけの為に使うよスタースクリーム」

無反応。

「サイバトロンも、…デストロンもしらないそんな星を探そう。そこでゆっくり過ごすんだ」

ぎゅっと手を握る。普段だったら「痛ぇよ馬鹿やろう!」のひとつはとんでくるのに。
指先にキスをしてもう一度繰り返した。君だけの為に。君だけの為に。
はたから見たら即リペアされそうなこの行為が君に少しでも届いていればいいのだけれど。

「早朝、戻ってきたら行こう。スタースクリーム」

返答を待たずして顔を覗き込む。悪いと思いつつもその唇を噛んだ。
少しだけ吸うように扱っても反応はなく、顔を離した。

スタースクリームがメガトロンの交歓行為を行っていることを実は知っていた。
しかし今回のリペアでわかった。メガトロン以外とも接続していたことが。
それがどんな理由であれ、抵抗した形跡がないのは同意の上での接続と言うことだろう。
少しだけ、いたたまれなくなった。その場からすぐ離れたい衝動を抑えてもう一度唇に触れる。
デストロンでは決まった相手と交歓行為に及ぶということはないのだろうか。
明らかに10をこえる別生命体のシグナルを感じ取れた。

「…もし、目が覚めたら…是非私とお願いしたいよ」


君が嫌でなければ。


さて、そろそろいかなくては早朝までに戻ってこれないな。
コンボイ司令官達はなんていうだろう。怒るだろうか。
スタースクリームに繋がるリペア機具の様子を確かめてからそこをでた。