「っ…う、ぁ」
「…熱いか」

ナイトスクリームはガルバトロンの問いに何度も頷いた。身体中の熱が腹部に
集まり、ブレインサーキットは靄に包まれたように考える事を許さない。
行動、理解に弊害を及ぼすその熱は拭えない、時間に比例するように熱く
ナイトスクリームはだらしなく口を開ける。

何かが近いのを感じ取っていた。




ティーチング・プレイバック2





「ガルバトロン様っ…がっ…る…」
「…もう近いな」
「何か…っ何かが…」
「…」
「うぁ、ああ」

ナイトスクリームはアイセンサーを細めガルバトロンへと寄りかかると両手を
聴覚機器に当てて震えた。ガルバトロンの手が動くたびにぐちぐちと水音が
響くのを耳を塞ぐ形でナイトスクリームは防ごうとする、しかしそれはほぼ
無意味だった。

「お前にしては、珍しいくらいに表情が出ておるな」
「ぅ…ぁあ」

何も気にしてられなかった。大きく開いた口から喘ぎが漏れても冷却液が
アイセンサーより零れても、それらを普段のように正して冷静な表情を
保つことはできない。
ガタガタと震える腕ごとガルバトロンはナイトスクリームを強く抱きしめて
右手だけで下腹部を刺激した。声がどんどん大きく、高くなっていくのを
感じ取りながら。

「ふっ……あ」
「…」
「ひぁっ…っっ…!?」

ナイトスクリームがびくりと身体を緊張させガルバトロンにしがみ付いた。
コネクタより零れるオイルがガルバトロンの右手を汚す間、口からはか細い鳴き声が
出ていたがその音を拾えた者は誰もいない、それほど小さな声だった。
ガルバトロンはナイトスクリームが達した後も最後の一滴まで絞るように
強く擦った。手首から指先までべっとりとついた液体は指先より肘まで垂れ伝い汚す。
ナイトスクリームはそれに視界に捉えていながら意識まで浸透する事がなく
何をしたか気付けるほど回復していなかった。

「っ…ガルバト」
「良い子だ…ナイトスクリーム」
「…身体が、熱く、て」
「すぐに引く、少しだるいだろうがそれも休めば回復するわ」
「…が、ガルバトロン様!手を…!」

ようやくガルバトロンの腕の汚れに気付くとナイトスクリームはその手を握った。
オイルのような液体を拭い取ることは出来ないがナイトスクリームは必死に
拭おうと手でこする。ガルバトロンが「良い」とその手から逃れると腕を伝う
オイルに舌を押し当てて肘からすっと舐め取った。

「舐めても大丈夫なのですか…?」
「毒ではないぞ」
「…」
「身体はどうだ」
「…問題ありません、熱も…引いてきたと」
「うむ…今後も定期的に処理が必要だぞ。戦場で倒れられては困るからな」
「はっ…申し訳御座いません」

途中から何も考えられなくなってしまったが行為自体は簡単だったとナイト
スクリームは認識した。下腹部をただ撫でればいいようだ。
今後はガルバトロンの手を煩わせる事もなく処理できると安心すると自分の
無知さには苛立った。どうしてこうも主に迷惑をかけるのか。

「有難う御座います」と一礼したがガルバトロンは暫くナイトスクリームを
放さなかった。急ぐ仕事があるわけではないのだがガルバトロンがナイト
スクリームを腕の中に維持し続けている限り寝台から降りる事も出来ない。
ナイトスクリームはガルバトロンの好きにさせていた、まだ何かしたいことが
あるのなら自分は主の赴くがままに動くだけ。

私はただガルバトロン様の物であり、必要な時に剣となり危険が迫る時にこの身を
挺してお守りする盾であればいいのだ。


「…ガルバトロン様…?」
「…いや、いい。今日は休め」
「私はもう大丈夫です」
「休んでいろ、儂は奴らとサイバトロンどもの動きを見に行く」
「お供いたします」
「ならん」

もう大丈夫なのだ、なのにガルバトロンは自分を遠ざけようとする。
ガルバトロンの命令に逆らえない。「はい」と一言返してナイトスクリームは
自室に残った。寝台以外何もない自室はガルバトロンがいないのなら残る理由が
ない居場所だ。

明日からは、明日からずっとあの方の為にだけ動こう。迷惑をかけてはいけない。
あの方の手足になりあの方に降りかかる火の粉は私が払うのだ。
ガルバトロンが退室した自室でナイトスクリームは自分の愚かさに顔をしかめた。



*





「ナイトスクリーム」
「なんだ」
「礼を言う」
「ガルバトロン様の命令に従ったまでだ」

メガザラックはナイトスクリームの隣に腰を下ろした。
先の戦闘で負傷したものをリペアするためにリペアカプセルに浸かる仲間を
一瞥したメガザラックは無傷なナイトスクリームを見て「ほう」と息を吐く。
その声にナイトスクリームも視線を返すと首をかしげた。

先ほどの戦闘はかなり乱戦になり、敵と味方の区別がつきにくいほどに戦況は荒れた。
メガザラックはテラーコンに指示を出しながらも戦渦の中心にいたが四方からの
攻撃と伝わらない命令に自身の危機を感じていた。そこへクリムゾンブレードを
持ったナイトスクリームが現れた時は少なからず安心し、今礼をしに来たのだ。

「しかし、凄いな」
「?」
「無傷、か」

ナイトスクリームはその言葉に自分の身体を見直す、確かに少しの傷もなければ
汚れもほとんど見当たらない。それは自分の特殊能力あってだ。
身体を消せるというデストロン、いや全トランスフォーマーの中でも異質な
特殊能力はガルバトロンの懐刀といわれるに相応しい。

「お前も無傷だろう」
「いや、多少傷を負った、情けないことにな」
「…」

もう一度ナイトスクリームは目の前のリペアカプセルをみた。
別に今自分がこうしてリペア室の一角に座るのは命じられた内容ではない。
ただ「待機」命令がだされ、ガルバトロンより一人にしろと言われた今はこうして
いるしかないのだ。メガザラックとナイトスクリームは壁に背をつけ床に座る形で
休息を取り未だにエネルゴン粒子を含む液体の中に浸けられた仲間を見る。

「はぁ、よーやく腕直ったぜぇ」
「ウホッ…こっちも直ったぞ…!」
「あんまり活躍できなかった…ショック」
「畜生…あのジジイめ…」

水音を立てて液体よりでてきた4体を見るとナイトスクリームはガルバトロンへの
報告へ行こうかと考えた。リペア終了を伝えるのは立派な仕事である。
そうこう考えているとメガザラックの近くに居たコマンドジャガーがナイト
スクリームの方へと一歩脚を踏み出した。

「?」
「どうした」

メガザラックの横を通り過ぎたコマンドジャガーはナイトスクリームの脚に頭を
こすり付けてじゃれるようにゴロゴロと喉を鳴らす。
ナイトスクリームは疑問に思いつつもその頭を撫でてやった。

「これは何をしている…?」
「…ナイトスクリーム、お前からは強くエネルゴンの匂いがする」
「私から?」
「テラーコンである自分達にしかわからない程度だが、他のトランスフォーマーと
比べればかなりの違いがある」
「…」
「テラーコンはエネルゴン感知能力に突出している、それが理由かもしれない」

ナイトスクリームは黙ってコマンドジャガーを見ると更に頭を撫で付けてやった。
すっかりナイトスクリームに懐いたコマンドジャガーはその指を甘く噛む。
そんな様子など気にも留めないリペア後の4体は水滴を拭いスノーストームを筆頭に
ナイトスクリームたちに近づくと「よう」と声をかけた。
目の前に座り、破壊大帝の部下だけで円を作るように座るとショックフリートは
背を伸ばし、ナイトスクリームに声をかけた。

「ガルバトロン様はどうしたんだ?」
「あの方は今お休みになりたいとの事だ、お一人で」
「けっ、どうせこれだろ」

レーザーウェーブが右手を下腹部の辺りで何かを掴むように握りこむ形を作り
上下に動かして見せた。ナイトスクリームは頭を傾けたがレーザーウェーブの
両隣にいたショックフリートとスノーストームが頭を殴る。

「いてぇ!」
「ガルバトロン様への侮辱は許さん!」
「急に何言ってんだてめぇはよぉ!」
「何しやがる!あいつだってやるこたやってんだろ!」
「…?」

ピコピコとアンテナを動かすレーザーウェーブは怒鳴った、何の話かいまいち
把握できないナイトスクリームはメガザラックに説明を求める視線を送ったが
メガザラックもまたバイザーを深く目にかぶせ何も見ていないフリをする。

「でもよぉ?やっぱ、ガルバトロン様もそういうことしてんのかねぇ」
「してなきゃおかしいだろうが」
「あ〜、俺も溜まったなぁ…レイヒー」

殴ったくせに話に乗ったスノーストームはへっへっと嫌な笑いを浮かべる。
アイアントレッドが「おぉ」と胸を叩いて話に参加するがナイトスクリームと
メガザラックは無表情を保ち、アイセンサーを細める。

「レーザーウェーブは何で抜いてんだ?」
「俺はぶっ壊してる想像だよ!」
「何を?」
「サイバトロンや、物をだよ、すげぇ興奮すんぜぇ、てめぇは?」
「レイヒ〜、まぁウーマンサイバトロンとかをよぉ」
「あー」

ナイトスクリームは黙って話を聞く事にした、レーザーウェーブとスノーストームが
にやにやと含み笑いをしながら会話を続けるとショックフリートが嫌そうな声を出す。

「ショック…下ネタはやめろ!」
「お前はどうなんだよ?」
「え?」
「お前のオカズは?」
「…」
「まさかガル様!とか言うんじゃねぇんだろうなぁ?」
「…」
「えっ」
「まじで?」
「うほっ!やばい、のかぁ」

メガザラックが少しだけ顔を上げたのを見てナイトスクリームもショックフリートを
見た。何がまずいのかはわからないが回りの様子とショックフリートの様子から
判断する限り何かまずいらしい。

「いや!そんなおかしなことは…!」
「すげぇな!つかガルバトロンなんかでよく…」
「レイヒ!俺だったら抜いてる最中ガルバトロン様の顔なんて思い出したくねぇぜ」

何体もが同時に喋り始めると何を言っているかもわからないような喧騒になる。
うるさくなってきた、とナイトスクリームはテラーコンの頭を撫でると
再びガルバトロンの元へ行こうかと考え始めた。
ふと視線を感じてそちらを見る。

「メガザラック?」
「…」
「なんだ」
「…いや」

メガザラックが視線を逸らしたのでこちらも視線を元のほうへ戻そうとすれば
目の前の4体がこちらを見ていた。

「?」
「…ナイトスクリームってさ」
「すんの?」
「何をだ」
「話の流れで察しろよ、あれだよ」
「…?」

メガザラックが再びこちらをみている、どうやら興味があるらしい。
しかし質問に答えようにも具体的に言ってくれなくてはわからない、何を暗号化した
文書のように「あれ」だとか「それ」だとかで言葉を紡ぐのか。

「なんの話か理解できん、なんなのだ」
「だから、オカズの話だよ」
「…?」
「メガザラックはどうなんだぁ?」
「…私はテラーコンだ、テラーコンには不必要な行為はしない」
「へぇ、テラーコンに性的興奮はないってか」
「でもレーザーウェーブのあの動きでわかったって事は出来ねぇ訳じゃないんだな」
「不愉快だ」

立ち上がったメガザラックは一度も振り向く事無くリペア室より出て行こうとした。
追うつもりはなかったがコマンドジャガーが主人であるメガザラックとナイト
スクリームを交互に見るため仕方なく立ち上がり自分もメガザラックに同行する事に
する。

「どっか行くのかぁ?」
「私は自分の仕事に戻る、休みたければ休め」

よくわからない会話に付き合うのも飽きたところだ、とメガザラックの後を追うと
後ろからはつまらない奴だと言われた。しかし他人の評価など気にする性分ではない。

「メガザラック」
「!…ナイトスクリーム」
「どこへ行く」
「テラーコン達の様子を見に行く、お前は」
「ガルバトロン様のところへ。リペア終了の報告をする」
「…そうか」
「…メガザ」
「ナイトスクリーム」

問おうと、思った。
先ほどの質問の意味と、どうして不愉快に思ったのかを。
しかしメガザラックは先に自分の名前を言い終えた、自分は「なんだ」と聞き返す
しかない。

「…先の質問、結局はどうなのだ?」
「…どう…?」
「…いや、やはりやめよう。下卑ている」
「…そんな嫌な質問なのか」
「違うか?…私たちには、関係のない話だ」
「…メガザラック」
「なんだ」
「…私には質問の意味がわからない、なんなのだ?」
「…なに、とは」
「レーザーウェーブの行動の意味も、あれ、とやらも、オカズもしらん」

メガザラックは止まる事無く続けていた会話をここで止め、歩みも止めた。
隣を歩いていた自分はメガザラックが止まってから2歩ほど進んだ所で止まり
振りかえるとメガザラックの目を見た。

「メガザラック?」
「…知らないのか」
「…それはいけないことか?」
「…いや、そうではない、が」
「ではなんだ、ショックフリートはいけないのか?」
「…あれは」

メガザラックが珍しくうろたえる。困ったように視線を右へ左へと移動させる蠍は
始めて見た。ナイトスクリームはますますこの質問の意味を知りたく思う。
この男をこんな風にさせるのだから、知っておくべきだろう。

「…ナイトスクリームは、オイル処理をした事は?」
「…下腹部のか」
「そうだ」
「ある」
「…あるのか、それは何を思いながらやった?」
「…?」
「ショックフリートはガルバトロン様を思いながら行為にふけったのだ」
「いけないことか?」
「…もし私がガルバトロン様と同じ立場なら、嫌だと思うだろう」
「…」
「不義ではないがガルバトロン様を主人と思っていないも同然だ」
「そんなに…」

メガザラックは足元をうろつくコマンドジャガーを見下ろしてナイトスクリームの
方へと視線を上げた。そのバイザーに少しだけ隠れた視線は薄い興味と物を教える
と言う責任を背負うような感情が込められていた。
大きな手をコマンドジャガーの頭にのせて、メガザラックは続ける。

「お前は、何を考える?」
「…私は」

何を考えていただろうか。何も考えてなどいなかった。
ガルバトロン様に、直々にやってもらったのだから。

「…何も考えてなどない」
「何も?」
「…あぁ、熱くなったら処理すればいいだけではないのか」
「熱くなる理由があるだろう」
「…私の話はもう良いだろう」
「…そうだな、謝ろう」
「…メガザラック」

再び歩き出したメガザラックは自分の前を素通りしたが声をかければ止まった。
視線だけこちらに向け、ゆらりと揺れる蠍の尾が印象的だ。
「なんだ」と低い声で答えたメガザラックの事を正面から見ることはせず
ナイトスクリームは今一番の疑問を口にする。

「ガルバトロン様の思い描くものはなんなのだろうか」
「…それは考えるな、ナイトスクリーム」
「何故…」
「散々詮索した後に言えることではないが、聞かれた側は不愉快に思う」
「…わかった、礼を言う」


ナイトスクリームはそこでようやくガルバトロンのところへ行く気になった。
もう深く考えるのはよしていつもの自分に戻る為だ。あの方が近くに居れば
こんなくだらない事を考えることもない。



*


何も言わずに別れたメガザラックはナイトスクリームが見えなくなってから
しゃがみ込みコマンドジャガーの目を見ながら顔を撫でた。

「…ガルバトロン様…か」

恐らくはあれだろう、思い当たる節が一つしかない。

「ナイトスクリーム…」

お互いがお互いを思っている場合に関しては不愉快にならない事を
教えておくべきだったかもしれん、とメガザラックは内心呟いた。