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Schizophrenie



長い長い廊下を走る。ここは本当に廊下なのか?
真っ暗で何も視認できない。センサーにも反応しない。
そのまま何時間も走った。
飛べば良いのに、何故か頭に「飛ぶ」と言う選択肢がでてこない。

遠くに扉がある。
その扉の隙間から光が漏れて来て
その先がここよりも自分にとって良い環境なのだと決め付ける。
あそこに行きたい。
そして自分は気付いているのだ。

これが夢だと。



*




「…俺なんでここで寝てるんだ…?」

スタースクリームは頭をかりかりと掻いて周りを見渡す。
ここはメガトロンの寝室だ。そしてメガトロンの寝台の上。
寝台の上に脚を組んで座り込んだ状態でスタースクリームは
ブレインサーキットをフル回転させた。

昨日の夜、何をしたかまったく覚えていない。自分は何をしていただろうか?
確か最後の最後はメガトロンに頼まれていた仕事をこなして
自室のメインコンピューターの電源を落とした。
疲労感を感じてチャージポッドに横たわって…

「……スリープモードに入ったよな…?」

そうだ。夢までみた。金属生命体でも夢は見る。
とは言っても夢を見るトランスフォーマーは確かに珍しい。
自分は地球に来てから毎日夢を見るようになった。

地球の文献で夢とは頭部にある脳がいつその状況に置かれても大丈夫なように
シュミレーションし、脳内だけで見ることの出来る映像。
一部の地域では願望とも言われているが臨床心理学などでは見たくもない事故や
事件の映像を繰り返しみせることは、もう思い出したくないと思っている
内容、映像に慣れさせる為に夢を見るのだと言う。
大嫌いな人物に言い寄られたり、友人や自分が死んでしまうような夢を見るのは
願望ではなく、実際にその状況に置かれた時に行動できるように
シュミレーションされていると地球の文献は語るのだ。

しかし夢を見たことは覚えていても、内容はまったく覚えていない。
しかしいつも見る夢だったような気がする。

なんにせよだ。メガトロンの寝室でスリープモードに移行していたことは
多分間違いではない。ではその部屋の主はどこに行ってしまったのだろうか?

「スタースクリーム」
「メ、メガトロン様!!」
「起きたのか」
「あ、あの、俺?なんでここに…?」

メガトロンが寝室の扉をスライドさせて入ってきた。
自分が目覚めていたことに驚いたようで近寄ってくる。

破壊大帝は目を細めて無言ですぐ近くまで寄ってきた。
怒っている。ゼッタイ怒っている。
この顔をするときのメガトロンはかなり怒っているのだ。
少し前、メガトロンがこの表情をしたときは無理やりセイバートロン星に
帰らされてしまった。
すっと手を上げたので殴られると思わず歯を食いしばって目を細める。

「痛いところは無いか?」
「……え?」

頭を撫でられて顔を覗き込まれる。
驚いて見上げると普段のメガトロンに比べるとかなり優しげな目をされた。
誰だこれは?これがあの破壊大帝?あの暴力と破壊の?

「だ、いじょうぶです」
「そうか、なら部屋に戻れ」
「…はい」


それから自分はまるで意思を持たない量産型ロボットのように寝台から
降りて無言で自室まで戻ってきた。
あれは本当にメガトロンなのだろうか?誰だ?
あんなに優しくされたのは初めてだ。
いつもは殴り、横暴で、俺様を認めない。無知なリーダーだ。
頭をなで、頬に触れた冷たい手の感覚が消えない。

自室に戻り、メインルームに呼び出されるまで自分の内心は酷く動揺していたが
サンダークラッカーやスカイワープ。サウンドウェーブたちがいる
メインルームに向かうとメガトロンは「遅い!」と怒鳴り、顔面殴ってきた。



*


スタースクリームは走っていた。

あぁ。またこの夢か。
止まらない。止まった事もない。止まる気もない。
ゼェゼェと息が上がっていって、ブレインサーキットに熱が溜まる。
廊下は長い一本道なのに狭い個室のように音が反響して自分の走る音が
鳴りやまない。
ガシャンガシャンと響く足音に慣れる頃には見えて来るのだ。
扉だ。光漏れる扉。

勢いよく扉を開くと真っ白な正方形の部屋。
広過ぎず、狭過ぎず、しかし何もない部屋には空虚だけで落ち着かない。
何もない訳じゃない。
入って来た扉と対になるように向かいの壁にも扉がある。
真っ白い扉に体内オイルにも似た紫色の蛍光色でサイバトロン星の文字により
文が記されている。

『スタースクリームは入ってはならない』

そして扉の床ギリギリに更に一文

『死が扉を叩く』

スタースクリームはそれから目が覚めるまで黙って部屋の隅に座り込むのだ。
その扉を開けようかとノブに手をかけたことがある。そして気付いてしまった。
扉の向こうの存在に。
確かに息づくそいつに気付いてしまった。
聴覚機能をフルにすると向こうから「はぁはぁ」と聞こえる。
ぞっとしてノブからゆっくり手を放す。

死とは生命の終わりであり、扉の向こうで息づくものではない。
わかっているのに、その吐息が「死」であることに気付いた。

「コンコン」と叩く音が室内に響く。


*



「うぁああ!!」
「ス…スタースクリーム?」
「…メ、ガトロン?どうして…」
「……」

周りを見渡す。そしてデジャブする。
メガトロンの寝台。メガトロンの自室兼寝室。
昨日と違ったのは目の前にはエネルゴンを飲むメガトロンがいたことだ。

「お、れは?」
「……」

自分の音声がかすれているのが分かる。
そんな大声で叫んだだろうか?音声がひび割れて聞き取りづらい。
メガトロンがエネルゴンキューブごと、中に入っているだろう液状の
高濃度エネルゴンを渡してくる。

「飲め。少しは良くなるだろう」
「……」

黙って受け取り、口に含む。
何かでエネルギーを大量消費したんだろうか?体内のオイル量が酷く減っている。
エネルゴンを飲み下すと身体の駆動がスムーズになった。
音声のひび割れもかなり良くなった。

「……」
「スタースクリーム。大丈夫か?」
「メガトロン様…」
「どうした?」
「…俺…どうしてここに?」
「…身体は痛むか?」

身体?
体内をスキャンするがウイルス反応も無ければ欠乏する部分も無い。
エネルゴンを摂取した為、身体の調子は良い。

「いいえ」
「ならば何も問題はないな」
「…メガトロン様?」
「動けるなら部屋へ戻れ」

おかしい。自分は確かに自室でスリープモードについたのだ。
何故メガトロンの寝室、しかも寝台の上で眠っていたのだ?
そういえば何故自分は叫び声を上げて飛び起きたのだ?

聞きたいことだらけでメガトロンを見上げると昨日と同様の眼差しで
頬を撫でられる。

「メガトロン…?」
「…自室へ戻れ」

自分は大事な事を覚えていない。




*


ノックは酷く冷たい、鋭い音だった。
コンコンよりもカツカツといった音で形成される訪れを表す奏。

「誰だ」

尋ねても何も答えない。
誰かがいるはずなのに。
カツカツ硬く鋭利なもので叩かれる音。
指と言うよりも嘴や針で叩くような。



カツカツ。
カツカツ。


「誰だよ」


カツカツ。
カツカツ。


自分と白い扉に書かれた『死が扉を叩く』。
これだけが世界で色を持っていた。


*



「…!?」
「スタースクリーム」
「……また…?」
「…スタースクリーム」
「まただ。また、俺は、どうして」

また目が覚めた。メガトロンの寝台で。
メガトロンはすぐ傍にいて。手には布を持っていた。
何かを拭いてでもいたのだろうか。その布を寝台の左にあるデスクに置くと
同じくデスクにおいてあったエネルゴンを手渡してくる。
また身体は軋み、音声はひび割れていた。

「飲め」
「…待ちやがれ」
「どうした」
「何隠してやがる…!」
「隠して?隠してなんていないぞ」
「じゃあ、俺は?どうしてここにいる!」
「…」
「昨日はあんたの部屋から自室に戻って仕事をして!
 サイバトロンのやろう達を倒しに行って…それで!」

自室のチャージポッドで眠りについて。
そして今自分はメガトロンの部屋で目を覚ます。
まさかメガトロンは俺を毎晩チャージポッドから出して
ここに連れてきてるのか?

「動けるならでていけ」
「言わずとも…出て行くってんだ!」

軋む身体を動かし、ひび割れる音で声を奏でて怒鳴った。
走って自室へ戻る。自室に入ってすぐに扉にロックをかけた。

これで、これで誰も入ってこれない。
ジェットロンも。メガトロンも。

死だって俺には近づけない。


*


「誰だよ!」


冷たいノックはいつまでも続いた。
ノックの主は誰なのだろうか?
スカイワープ?サンダークラッカー?メガトロン?
それとも、ノックの主は。
そこまで考えて非現実的だと頭を振る。

俯く自分の聴覚に扉の開く音が聞こえた。
まさか!と顔を上げるが『スタースクリームは入ってはならない』
『死が扉を叩く』と書かれる扉は開かれない。
首をかしげると冷たい指が肩に触れた。

「ひっ…!!」
「どうしたんだよ?スタースクリーム」
「…スカイワープ?」
「なにヒューズぶっとびそうな顔してんだよ?」

後ろにはスカイワープとサンダークラッカーがいた。
そうか。自分が入ってきた扉の存在を忘れていた。

「いかねぇのか?」
「どこにだよ?」
「その扉」

サンダークラッカーが指差す扉は文字の書かれた扉だ。
ノックはない。静かなものだった。

「……だって気味わりぃじゃねぇか」
「何が?」
「…スタースクリームは入るなって書いてあるじゃねぇか」
「どこに?」
「どこって、扉にだ!」
「はぁ?」
「てめぇらの目は盲目か!?」
「大丈夫か?スタースクリーム?」

本当にネジの何本か落としてきたのかよ?とサンダークラッカーが言うと
スカイワープがいつもの調子で笑っていつもだろ?と相槌をうつ。

「馬鹿言ってねぇで早くこいよ」
「先行ってるからな」
「え、おい…ま、待てよ!」

同機種のジェットロンが扉に手をかけてゆっくりと開いた。
ノックの主がいるかもしれない。
もしかしたらトランスフォーマーでも人間でもない。何かかもしれない。

「よせ!!」

開いた扉の向こうには何も無い。


「早く来いよ」


いつもどおりの仲間に恐怖を抱いた。

*



「………」

目を覚ますとメガトロンの部屋ではなかった。
メガトロンの寝室の前。扉に手をかけた状態で自分はいた。

今の今まで夢を見ていた気がする。
内容までは覚えていないが、まさか立ったままか?白昼夢のようなものか?
体内で時間を調べると夜のようだ。
自分はいつもどおりデストロンの為に働いて、それでいつもどおりに自室に戻り
部屋の扉にロックをかけて、メガトロンが入ってこないようにして
それで自分は今?

ゆっくり音がしないように手を引いて数歩後ろに下がる。

まさか、今の今まで自分は自分の脚でここまで来ていたのだろうか?
自分のブレインサーキットが熱を持ちすぎたのを感じる。
分からない事だらけだ。おかしくなる。

音を立てないように更に数歩下がって自室まで走った。



*

「…スカイ…ワープ…?…サンダークラッカー…?」

2羽は扉の向こうに行ってしまった。
開いた扉の先には何もいなかったし、真っ暗で何も見えなかった。
しかし扉が閉まるとまた、カツカツと鋭いノックが再開された。

ノックは何故再開されたのか。
この扉を自分はくぐって良いのだろうか。

「何やっている」
「サウンド…ウェーブ…!!」
「?」
「…お、まえも…あの扉の先にいくつもりか?」
「そうだ」
「よせ!あの扉何かおかしい!」

後ろからサウンドウェーブがやってきた。
サウンドウェーブの登場と同じくしてノックの音もやんでしまったのだが
あの扉の先には何も無い。むしろあるのは恐怖だけだ。

「何を言っている」
「みろよ!扉の下の方!死が扉を叩く!さっきからノックされてるんだ!」
「何も聞こえない」
「あの扉の向こうに何かいるんだよ!」
「何もいない」

サウンドウェーブは感情の無い声でスタースクリームの横を素通りした。
スカイワープ達同様、扉を開き、何もいない向こうへと足を踏み出す。

「何もいない」
「…違う…!サウンドウェーブ…!」
「早く来い。メガトロン様がお待ちだ」
「メガトロンが…?ま、待ってくれ…!俺も!」

バタン。

小さく、しかし響かせながら扉は閉まるとまた部屋には自分だけになった。

「スタースクリーム」
「…ス、スカイファイアー!?」
「何やっているんだい?」
「お、まえこそここで何を」
「私はそこの扉から入ってきたんだよ。今からその扉をくぐるけどね」
「……」
「一緒に来るかい?」

スカイファイアーが指先に触れてくる。
顔を見返すといつもどおりのスカイファイアーだ。
優しげに笑い、落ち着いた声で導く。
指先を握られて、扉まで引っ張られる。
扉にスカイファイアーが触れて開くとそこにはやはり何もいない。
でもいたのだ。何かが。そして俺はそっちにいけない。
俺はお前と共に歩けない。

「スタースクリーム?」
「先…行ってくれ…」
「…先行くよ。早くおいでね」
「…あぁ」

ゆっくりと指先にあったスカイファイアーの熱が去っていく。

スカイファイアーが去ってから何分。何時間たっただろか。
知人が現れては自分のいけない世界へ行ってしまう。
扉の前に立ち尽くし、始まったノックの音を聞く。
扉の向こうではぁはぁと息づき、硬いもので扉を叩くその何かと自分だけの世界
真っ白な部屋。自分、音、紫、字、死。


「スタースクリーム」

「メ、ガトロン」
「何だその顔は」
「………」
「だらしない顔をするな。お前はデストロン軍団のナンバー2だろう」
「…どこにも行けないんです」
「なぜだ」

メガトロンの顔を見返すと頭に手を置かれて撫でられる。
優しい。いつもと大違いのメガトロン。

「一人にしないでください」
「あぁ。スタースクリーム。わかっておるわ」
「…一緒に」
「あぁ、スタースクリーム」

メガトロンの手が撫でる。
頭を、頬を。喉を。

「…メ、ガ…?」
「あぁ。スタースクリーム。心配するな」

喉に触れた手が首を絞めてくる。
音声が出にくくなる。音声が擦れて、ひび割れた音だけが口から出る。



扉が開く音が聞こえた。