ナイトスクリームは静かに寝台より身体を起こした。
トーナメント式の訓練プログラムの中にいた為、意識が多少ぼんやりとするが
ガルバトロンがつまらないと言ったプログラムの中に長居する必要はない。


「…!」

隣で同じように寝台に横になるガルバトロンを見てナイトスクリームは覚醒した。

「ガルバトロン様?」





過去プログラム






「猫耳」
「は、はいぃ!」


ナイトスクリームが先に退出したプログラムの中でガルバトロンは立っていた。
猫耳と呼ばれたプログラム上の司会者がガルバトロンの方へ歩み寄ってくると
すでに大会を放棄した大帝の前で首をかしげる。

「なんでしょうか?」
「…このプログラムは何年分の個別データが入っているのだ?」

訓練プログラムとして作られたこのデジタル世界は意識だけで
身体はなく、ネットワーク上に自分の意識だけを転送して戦う為のプログラムだ。
それゆえ痛みも、快感も発生しない。ただ戦ったという経験値だけが積み重なる
サイバトロンからしたら素晴らしいプログラムなのだろう。
ガルバトロンはそれをつまらんと一蹴した。痛みがなければ何の意味もない。
本当に触れなくては、本当にあの戦火のプレッシャーに触れなくてはこれはただの
お遊びであり、戦闘訓練プログラムなどと名をつけるには片腹痛い代物だ。

「はい、古いものは100年前より、つい最近のものまであります」
「どれくらいの個人プログラムがあるのだ」
「100近くの個人情報を取り揃えてあります、あの、何か…?」

このプログラムには今はもういないアイアンハイドやショックウェーブ。
死んだはずのレーザーウェーブまでもがいた。それは死ぬ前のデータであり
おそらく二度と更新されることのない情報なのだろう。

「あるプログラムと戦いたい」
「トーナメント制ですか?一対一ですか?さきほどのようにタッグバトル制も…」

ナイトスクリームとコンビを組んでトーナメントバトルに参加したのは少しの
興味とアイアントレッドとスノーストームが何かで遊んでいるという所が
気になったからと言う些細なものだ。
現に今も遠くのリングの上ではサイバトロンたちが戦っている、しかしそのリングの
上に立つ何体かは作り出された感情と身体をもつプログラムである。


「一対一だ、それから二人っきりで、誰も通すな」
「はぁ…でも審判として私が〜…」
「いらんわ、誰も通すな」


暫く困った顔していたがわかったように頷くと大きな目でガルバトロンを見上げ
プログラム上設定された言葉を吐き出し始める。

「それでは、会場を移動しまして別ブロックのリングへと移動してください」
「うむ」
「対戦相手のお名前をお伺いしても宜しいですか?」

ガルバトロンは歩みを止めた。機械でありながら少女の姿をした司会者へと
少しだけ顔を向けると周りが遠くのリングで行われる最終戦に視線を奪われている
事を確認してから小さい声でその名前を呼んだ。


「スタースクリームだ」






*





誰もいないリング、誰もいない会場。周りには誰一人として存在してはいない。
ガルバトロンはリング上へあがると腕組をして待った。中央にバチンと電気が
走るような音が響き、そこからゆっくりと身体の形成が始める。
ガルバトロンが見ている前でスタースクリームはできあがっていく、赤い身体に
真っ直ぐな瞳。未だ身体が安定しないのがジジっと姿がぶれることがある。
しかしガルバトロンは不思議に思わなかった。事前に聞いていたのだ。

『調べたところ、多少破損しているデータになります』
『破損?』
『長い間更新していないので…時々情報の上書きが必要になる時があるんです〜…』

申し訳なさそうに金髪を揺らし人差し指同士をくっつける少女に「ふむ」と
一言だけ返事をした。どう破損しているのかと聞けば音声ファイルが壊れた為
声がでないらしい。記憶の方はと聞けば当時のままに設定されているため
「ガルバトロン」の存在は知らないのだという。ただ戦えと命じればその言葉に
純粋に反応し、戦闘プログラムとして動き出す。

「…」
「…スタースクリーム」

ようやく身体の崩れが収まったスタースクリームは鋭いアイセンサーをこちらへ
向けてきた。赤い身体のこいつは自分、メガトロンに刺された事も何も
知らないのだろう。何よりこいつはスタースクリームではなくただの情報に
過ぎない。作られた感情と痛みを感じない身体でスタースクリームの外見を
生成されただけに過ぎない。後はスペック値がスタースクリームと同様に設定
されているのだろう。

「…」

本当に、スタースクリームだ。その身体にスパークはなくとももう二度と
会えなくなった存在。自分の愚かさが招いた犠牲。
もう見ることも出来ないと思った存在の足先から脚まで、キャノピーから腹部まで。
指先から腕まで。キャノンから、そのアイセンサーの色までしっかりと記憶した。

スタースクリームは口を開きぱくぱくと動かした。壊れた音声ファイルは
スタースクリームに喋らせる事を許さない。
自分を見据えたスタースクリームは一歩後ろに飛ぶと肩にセットされたキャノンに
光を集めた。あれは、ナル光線かとガルバトロンは右腕に固定されている剣を
構えると飛んできた光線をいとも簡単に斬って見せた。
ナル光線に含まれていたエネルギーが斬られた衝撃で爆発すると床は割れ
煙があがった。ガルバトロンがそれに微かにアイセンサーを細めていれば
それを隙と見たスタースクリームがウイングブレードに赤い光りを灯して
煙の中より現れる、しかしその赤い光りが閃光のように煙の中を動くのを
ガルバトロンはしっかりと確認していた。

「愚か者め…!」
「っ……!」

金色に輝く右腕の剣でそのブレードをなぎ払うとスタースクリームの左手首を
掴んで持ち上げた。ガルバトロンの自分と、スタースクリームでは体格差が
ありすぎるのだ。足先もかすめる事が出来ずばたばたと暴れるスタースクリームの
口からは何も漏れ出てこないがもし音声ファイルがあれば「畜生」とでも
言うのだろう。罵声や暴言の多い奴だった。

「落ち着け、儂はお前を殺しに来たのではない」
「…っ…?…、…!」
「…音声がないのがこんなにも憎いとはな」

口を激しく動かすスタースクリームの表情は困惑と、怒り。
しかしこちらの言葉がわかるのなら、まだ良い方だ。

「スタースクリーム、儂はお前を良く知っている」
「…?」

動きが大人しくなったのを見計らい、ゆっくりとリングへ下ろしてやれば
困惑した表情だけになったスタースクリームがガルバトロンを真っ直ぐ見つめた。
首をかしげ困ったように表情を曇らせる彼を近くで見れてガルバトロンの心は
知らぬ間に熱くなる。
綺麗な顔だ、まっすぐで何にも惑わされない、こいつらしい。
右頬を撫でてやると驚いたように身体を強張らせたが逃げる様子はなかった。
それ以上に困惑した表情を向けてくる、こいつは「ガルバトロン」を知らない。

傷一つない右頬はナイトスクリームとの決定的な違いだ。目つきも違う。
あれと、こいつを混同したことはない、今それが確実なものへと変わった。

「スタースクリーム」
「…」
「儂は、お前に」

言いたいことでもあるのか?
謝罪か?それとも内なるこの思いか?
何を言う、儂はこいつの期待を裏切り、少しも優しく出来なかった。

「…スタースクリーム」
「っ…??」

両腕をそっと伸ばした。しかし止める。
この身体ではこいつを優しく抱きしめる事など到底できはしない。
触れれば強く強く抱きしめてしまうだろう。そうしたらまた傷つけてしまうだけだ。
儂はお前に何をできる、何を言える。スタースクリーム。


「…儂は」
「メガトロン様」


はっきりとした声にガルバトロンは静止した。
逸らしていた目をスタースクリームに向ければそこには昔何度も見た顔がある。
スタースクリームがゆっくり口を開いた、鋭いアイセンサーはもうそこにはない。
口を動かしているが何を言っているかわからない、では何故今名前を。
何が言いたいのだ?お前は何を必死に伝えようとする。

ふと、スタースクリームの身体がぶれた。古い情報は崩れやすい。
ノイズが走るスタースクリームの身体にガルバトロンは素早く手を伸ばした。
スタースクリームも手を伸ばしてくる、指同士が触れ合った、しかしスター
スクリーム、ガルバトロンどちらともなく指先がぶれると互いの手は消えてしまった。

「なっ…」
「……、…」

スタースクリームの身体の崩壊は収まらない。
ガルバトロンも腕からぱらぱらとテクスチャが落ちるように身体が崩れ始める。
しかしスタースクリームの崩壊の速さは比ではなかった、ガルバトロンが
スタースクリームの顔を見ようとした時には既に遅く、赤い塵を残して
スタースクリームは消えた。


「スター…ッ…!!」




*





「スクリーム…!!」
「…ガ、ルバトロンさま」
「……お前は…」
「…ナイトスクリームです、ガルバトロン様」

ナイトスクリームは寂しそうにガルバトロンの横にいた。一度頭を下げると
申し訳ない様子で語り始める。

「魘されておりましたので…強制的に切断しました」

自分たちを繋いでいたコンピュータを見ればそこには繋がっていなくてはいけない
ケーブルたちが全て抜け落ちネットワーク遮断の字がモニターに浮かんでいた。
そうか、儂の身体が消えたのは、それでか。


「…申し訳御座いません」
「いや、いい、いいのだ」
「…ガルバトロン様」
「ナイ…」

ナイトスクリームはガルバトロンの手を握った。強く強く。
ナイトスクリームの表情は普段とそうそこまで違いがあるものではなかったが
恐らく内心は違うのだろう。静かな表情の中に燃える何かがあるのだ。
静かに見つめ返せばナイトスクリームは静かに言った。

「痛みを感じない戦いには何の意味もありません」
「…それは」
「私はここにいます、ガルバトロン様」

ガルバトロンは顔をしかめた。強く握られた手が痛んだ。
ナイトスクリームは、今や静かな人形ではない、儂のために動き、儂の事を考える
優秀な部下だ。時には儂のために歯向かう事もある。

「…こい」
「はっ」

ナイトスクリームの腰に手をやって膝の上に招くとナイトスクリームは慣れた様に
乗ってきた。もう何度も乗せた膝の上だ。強く抱きしめてやろうと腕を伸ばし
先ほどの光景とかぶってしまう。スタースクリーム。
しかし優秀な部下は見抜いた。自分がくだらない幻影に惑わされ、ここにいる
ナイトスクリームに触れる事すら恐れている事に、こいつは気付いた。
何も言わずともナイトスクリームはガルバトロンの胸に頭を預けて体重を
預けてくる、ガルバトロンはそれに少し戸惑ったがナイトスクリームは口を開く。

「貴方の御意思のままに」
「…」
「ガルバトロン様」
「…あぁ」

背中に手を回し、強く抱きしめた。
それは強く、ナイトスクリームが壊れるのではないかと言うほどに。
それでもナイトスクリームは壊れなかった、悲鳴も上げず、ガルバトロンに
よりかかる。

ナイトスクリームは口を動かした、しかしその口から言葉は漏れず
スタースクリームが必死に伝えようとした言葉と同じ言葉をその喉に突っ掛からせて
いた。

過去を振り返ってはいけません。


それでも、その言葉が言える日は来ない。




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本当は…!ギャグに…!するつもり…!だった…!
副指令に「スタスクにあいてぇ〜」って言わせてガル様に「させるかぁ!」って
言って欲しかった。ロドバスは「スタスクって誰なんです?ホットショット殿!」
とか言ってればいい。