片道 「あっ」 「……」 「ふっう…う…!や、やめ」 甘くもないのに何故か怪しい響きで鳴く声がした。 その声には確実に「悲痛」が含まれているのに何故か媚びている。 「媚びるな。スタースクリーム」 「いたっい…痛いです。閣下…」 床に転がったスタースクリームの腹をもう一度強く蹴り、そのまま足を押し付けた。 スタースクリームの左腕は根元より欠けて見当たらない。スタースクリームはそれをきょろきょろと探したが メガトロンはそれすらも許さず何度も蹴った。 「閣下…申し訳御座いません。どうか…」 「媚びるな。媚びるなスタースクリーム。うるさい」 「媚びて、など…!っああ!」 エネルゴン不足で自然治癒能力も衰え、腕からオイルが大量に漏れだしていた。 仮に歯として使っている鉄同士がぶつかり合ってガチガチと震える。 スタースクリームは優秀な男である。 相手が幾らメガトロンと言えど彼が本気をだせば倒すことはできずとも ここまで一方的にやられることはないだろう。 「もう飽きた」 メガトロンが自分に背を向けて歩き出す。 スタースクリームは顔をあげてその背を目で追ったがふらついてしっかりと目で追うことができない。 本来ならば片膝をつき、腰を落として「申し訳御座いません」と謝罪の言葉を連ねて 自分の主を尊重して自分を下げるべきなのだ。 しかし自分の視界は揺らいで主が3体に見える。 立ち上がろうと足に力を入れると自分の出したオイルで足を取られて強く床に頭を打った。 メガトロンがその音に振り返り冷たい視線を送ってくる。 「何をしている」 「ぐ…っ、もうし、わけありません…メガトロン様…」 どこで、なにで怒らせてしまったのだろう。 オートボットの話をしたからか、あの少年の話をしたからか。 まったく卵が育たないと言う結果報告のせいか。腕を失った怪我をリペアしたときに 以前よりも身体が小さくなったことを指摘したからだろうか。 「…スタースクリーム。愚か者よ」 「メガトロン様…メガトロン様…お許しを…」 倒れる身体を上から見下ろされ、無残にもあたりに散った自分の部品とオイル。 自分はどれだけ今みすぼらしい姿をしているのだろうか。 顎にメガトロンの鉤状にするどい左手が添えられる。 喉をその鋭さで人撫でされればそのまま引き裂かれてしまうのではという感情が湧き出る。 「お前は変態だな。スタースクリーム。痛めつけてもらうことに快感を生んでいると見える」 「…そんな…そんなことは」 「仕方ない。もう少し痛めつけてやろう」 「そんな、やめて、閣下。私は」 鉤状の左手が頭を押さえつけるとそれとは対象に大型な右腕が背中の羽を撫でる。 ガシャっと主の右手が人間の指を思わせるように開いたり握ったりを繰り返し その稼働を確かめる動きをする。 「…閣下…?」 「…」 主が片膝をついた。それに驚きつつも目を見開くとそのゴツイ右手が羽を掴んだ。 はっとする。何をされるのか、想像すると全身のオイルが流れ出たような寒気を感じた。 「あっ…!あっあ…おや、おやめください!!」 「貴様の自慢の羽だ。ここは貴様のどこよりも気に入っているぞ」 言葉とは裏腹にその手はスタースクリームより羽を奪い取ろうと動き 時折バキッと鈍い音を立てると今度は軽い音を立てて破片が床へと落ちていった。 「ひぅ…閣下…かっ…か」 「…お前はこうしてる時が一番綺麗だな」 一度酷く鈍い音をさせて片翼がもがれるとメガトロンはその羽をじっくりと眺めていた。 自分は既に悲鳴も出すことはできない。頭がくらくらする。死ぬことは、ないと思いたい。 静かな主を見上げようと微かに上を向くと羽を覆う刺青に混じるようにこっそりとある ディセプティコンのインシグニアをメガトロンは舐めていた。 それはスタースクリームが見た幻覚か、それか視界がぼやけてそう見えただけなのか。 スタースクリームは虚ろにそれを見つめ続けるとメガトロンは興が醒めたようにそれを 壁に放り背を向けた。 今度は声をかけることもできない。 頭が、もう、考えたくない。 メガトロンがいなくなった部屋でスタースクリームは黙っていた。 四肢を全て汚い床へと投げ出して、その床を更に自分の液体と部品と汚らしくあしらうと スタースクリームは一度だけ自傷気味に笑った。 「…」 背中から腕を伝い床へとオイルが広がっていく。 失ってしまった左腕も付け根から失い、そこよりオイルを出している。 エネルゴンが足りないのだ。主を優先し、卵を優先している。 自分は最近では捕虜に与えるような低濃度のエネルゴンを舐めるような生活をしていた。 自慢の自然治癒も働かず、ただ床に円状に広がっていく自分のオイルを見つめていた。 足音がした。 メガトロンが戻ってきたのかと頭を少しだけもたげる。 青い機体。白銀交じりのその身体に赤い部位が混じり、ディセプティコンでは随分と目立つ色の男だ。 有能で、賢いその男は先の戦いではずっと後方援護に入り、的を実際に攻撃することはなかった。 そんな男が自分は大嫌いだった。嫌悪していると言って良い。 こいつにこんな姿は見られたくない。 今までにない力が湧いて足が動いた。身体を起こしかけてまた足をオイルに捕られた。 「ぐっ」 頭部から床に強かにぶつけ、また破片が飛ぶ。 くそ、屈辱だ。こんなところを見られるなんて。こんな奴に。畜生。 ガシャガシャと音がして近寄ってくるのがわかる。 2度、足音がやんだ。その部屋の入り口付近と壁の方へ歩いていき止まり そしてこちらへ向かってくる。 耳元で何かを落とす音がして視線をやると失った腕と羽だった。 「…馬鹿にしているのか。サウンドウェーブ」 「…」 「やめろ。同情も労わりもいらない。失せろ…」 自分の声はほとんどノイズ掛りひどい音だった。 この男が聞き取れなかったということはないと思うが まるで聞いていないかのように側に膝をつくと白い指がこちらに向かってくる。 その指は頬を一度撫でた。触れられたところが腐るような気がして口からオイルをはいて浴びせかける。 サウンドウェーブはそれを気にすることなくもう一度撫でた。 やつが床に手をつくたびにちゃぷんと水音が奏でられ、その音の原因は全て自分のオイルであると 自覚するたびに嫌な気分になる。メガトロンではなく、サウンドウェーブという男に 今の自分の痴態を見られることが自分にとってそれほどまでに嫌悪の対象であった。 「…やめろ…」 小さい自分の声は悲願だった。そんなつもりではなくても自分でもそう聞こえる切ない声だった。 サウンドウェーブはそれを受けても離れることをせずに落ちた腕を持ち上げると それを付け根にあわせて固定した。 普段なら切断した部分を少しくっつけておけば直るのだが それが不可能なほど低下している回復能力に内心舌打ちをして身を捩った。 「…」 「…やめろ…」 「…」 ちゃぷんとオイルが音を立てる。 オイルを見るとそこにはサウンドウェーブの意思で好きに動かせるケーブルが数本蠢いていた。 ずるずると床を擦るように動くケーブルはコネクタ部位を頭のようにもたげて自分の方へ向かってくる。 こいつ、こんな時まで。 変態め。変態性癖持ちめ。と毒づき、それは言葉にならずにブレインサーキットで終わった。 サウンドウェーブの白い指は自分の腕を切断部位でくっつけようと固定させたままで ケーブルは自分の身体を弄り始めた。ケーブルがいつまでも床に這い蹲る自分の身体を 支えて起こそうと動く。引っ張りあげられて自分の上半身は起き上がったが 自分で支えることができずに目前のサウンドウェーブに寄りかかった。 足に力が入らず床に伸ばしたままの上体で膝立ちのサウンドウェーブに寄りかかると 自分はこいつに何をされているのか、わからなくなって眩暈がした。 「見ろ」 呟かれた言葉に顔を貸すとそこにはサウンドウェーブの赤い目があった。 事実それはバイザーなのだが近場で見ると真っ赤に燃えるそのバイザーは まさにディセプティコンのシンボルを思わせた。 ケーブルたちが背中に回り失われた羽のちぎられた部位に触れた。 「ひぐっ!」と悲痛な悲鳴があがる。目前の男が無表情のせいでわからないが 自分では情けない声だと思った。 ケーブルは一度悲鳴に驚いたように引き下がったがまたその部位に触れると 床に落ちている翼を掴みそれもちぎられた部分をあわせるように繋げると 普段は身体を弄りまわすだけのケーブルはそれだけを仕事とみなして体内に侵入はしてこない。 「っ、う…」 「…」 「…ひっぐ…駄目、だ…治癒…」 それだけで理解したのかサウンドウェーブは自身の背中より太いケーブルを 引き出してそれをスタースクリームの身体へと忍ばせた。 入り込めるレセプタを探すとそこへとコネクタを差し込んでスタースクリームの体力を調べ始める。 普段よりも乱暴さにかけるサウンドウェーブの動きにスタースクリームは身体を預けていた。 正直動くことができないというのが本音なのだが普段よりも危険に感じない。 サウンドウェーブの胸元に頭を預けてスタースクリームは痛みに耐えていた。 身体の中に入り込んでくるケーブルに抗う手段もなくサウンドウェーブが自分に何をしているのか気にかけるだけが 今の自分にできるたった一つの手段だった。 「…」 「…エネルギー不足。オイル不足により能力低下」 「…」 「このままでは治せない」 「…わかってる…」 サウンドウェーブの太いケーブルより白い枝分かれした触手のようなものが四方へ動いた。 チカリと点滅するそのケーブルより何か情報操作するための信号が送られてくる。 それにスタースクリームは身をゆだねるとその操作を感じ取った。 その信号は自分の情報を書き換えるものだった。 まずは痛みを少なくするために痛覚のシャットダウン。 それから身体を動かすための動力を全て破損した部位に。 自分の情報を書き換えられるというのは屈辱だが自分ではそれもできない。 「スタースクリーム」 「…っう、う」 痛みは微かに収まったがそれでもうずく痛みにスタースクリームは呻いた。 サウンドウェーブは翼のように背中にある白銀の機器を放射状に広げた。 太いケーブルを伝って微かにエネルギーが流れてくる。 神経が左腕に伝わった。 ピクリと指を動かすとサウンドウェーブにもそれがわかったのか固定していた手を放された。 翼の方はそう簡単にはいきそうもなく、暫くはサウンドウェーブのケーブルの助けが要るだろう。 サウンドウェーブの顔が聴覚機器の側に寄った。 集音する場所のすぐ側でサウンドウェーブが息を吐く。 普段よりは幾分ましだが「はぁ」と息づく声は自分がこの男を変態だと罵る一つの要因でもある。 「…はぁ…」 「……ふっぁ」 痛みがちりっと身体を駆け抜けるたびに自分の口から悲鳴が上がった。 サウンドウェーブはリペアしているのにも関わらず、その痛みを含む悲鳴を聞くと さぞ気に入ったように満足そうに喉を鳴らしていた。 翼が治るまで、それまでだ。とスタースクリームは我慢した。 普段なら罵るこの男を受け入れて体重を明け渡し、委ねていた。 部屋には自分の出したオイルの音と サウンドウェーブのケーブルたちが蠢く音。 それからスタースクリーム曰く変態なサウンドウェーブの吐息と メガトロンが言うには変態なスタースクリームの悲痛な声しか残らなかった。 ------------------------------------------------------------------ (好意)メガ←スタ←音波 (嫌悪)メガ→スタ→音波 メガ様はスタを嫌いなわけじゃないんだけど どうしても苛立ちをぶつける矛先がスタしかいないと。 他の連中にあんまり取り乱してるところを見られたくなくてスタに向かうんだけど それがスタに甘えてることと同義語だってことに気付かないメガ様。