「畜生〜っ…あのサイバトロンのジジイめ…」

レーザーウェーブは舌打ちをしてユニクロン内を歩いていた。
インフェルノをデストロンに引き込み、オーシャンプラネットに建設される
エネルゴンタワーの破壊を作戦としていたのにどちらの失敗だという。

「だぁ!首がいてぇ!」

ご隠居、などと呼ばれる見知らぬトランスフォーマーに何度も頭を叩かれ
追いかけては逃げられ、撃つオプティカルゲイザーの光りは避けられる。
次こそはぶち殺すと心に決め今はとにかく休める場所を探した。


「あぁ?」


どこでもいいと適当に入った部屋にはナイトスクリームが居た。



わたしのあるじ




「負けたぁ!」
「ショック…!邪魔されるなんて…ガルバトロン様に顔向けできん…!」
「くそ、コンボイめ…」


オーシャンプラネットに向かった4体のうち、レーザーウェーブを除いた3体が
玉座の間で苛立ちと後悔に苛まれていた。
レーザーウェーブはこの場には参加しなかったがそれを止める者もおらず
今はインフェルノを仲間に引き込むために宇宙空間に残したナイトスクリームを
始めとするアイアントレッドとメガザラックを待っているところだ。

突然玉座の扉が開くとガシャガシャと金属音を鳴らしながらアイアントレッドが
入室してきた。すでにガルバトロンには仲間にするのを失敗し太陽に飲み込まれ
インフェルノが死んだ事を知っていた。


「おぉ、レイヒ〜…アイアントレ」
「スノーストームぅ!!」
「うおぉ!?」

腕を広げたアイアントレッドがスノーストームに抱きつくと勢いを殺せず
スノーストームは床に転んだ。しかし抱きつくアイアントレッドは離れない。

「ヒ?どうしたんだよ」
「俺は…俺は!」
「?」
「デストロンでいいんだよなぁ!?」
「…は?」

いつものだらけた口調が引っ込みスノーストームの口からは素の声が漏れた。
アイアントレッドはそんなスノーストームから顔を逸らさず答えを返して
欲しがっている。お前はデストロンだと、言って欲しがっている。

「な、なぁに言ってんだよアイアントレッド!当たり前じゃねぇかぁ!」
「ここにいていいのか?俺はガルバトロン様やスノーストームたちと一緒に」
「当たり前だって言ってんだろ!」

スノーストームがアイアントレッドを掴んで声を張り上げた。
アイアントレッドの口調が「アイアンハイド」に近かったことが怖かったのだ。
アイアンハイドはスノーストームにとって大切な存在で、アイアントレッドに
なった事によりアイアンハイドの時の記憶を失ったのは少なからず辛かった。
しかしそれは昔の話で、今はアイアントレッドがスノーストームには必要だ。
アイアンハイドのようにサイバトロンとデストロンの間で揺れ動かれても困る。
一緒に何も考えずにデストロンとして戦ってくれれば、それで良い。


「アイアントレッド」
「ガルバトロン様ぁ…!」
「どうしたのだ、お前らしくもない」

「ガルバトロン様」

素直な疑問をぶつけたガルバトロンの名前を呼んだのはメガザラックだった。
いつも通りの涼しい表情でガルバトロンに近づくとインフェルノを仲間にするのに
失敗した一部始終を話した。

「知っておる、あやつは死んだ。そうではなくアイアントレッドはどうしたのだ」
「太陽のエネルゴンを浴びすぎた所為でしょう」
「なに?何故わざわざ太陽に近づいた、インフェルノを助けようとでもしたのか?」
「…インフェルノはナイトスクリームを道ずれにしようと…」

玉座で腕を組みふんぞり返っていたガルバトロンは硬直した。
今この場に居ない一番大切な部下の名前がでたからだ。

「…ナイトスクリームはどうした」
「先に戻ったと思いますが」
「帰ってきておらん」
「…では」

メガザラックが目を細める。ゆっくりとアイアントレッドを見ると
アイアントレッドはスノーストームに抱きついて顔をスノーストームの胸に
押し付けていた。

ナイトスクリームはアイアントレッドよりもメガザラックよりも太陽に近づいた
デストロンだ。太陽のエネルゴンはデストロンへの忠誠心を誓わせる洗脳を解く。
なぜ、どうして一番最初に帰還したはずのナイトスクリームがここにいない?


「ナイトスクリーム!!」


ガルバトロンが声を張り上げた。
いつも自分の後ろで姿を消して待機している存在はやってこなかった。



*




「なにしてやがる」
「…」
「ナイトスクリーム?」

破損し、エネルゴンが足りていないユニクロンの中は暗い。いつも互いの存在しか
わからない程度の闇の中で生活しているデストロンだがナイトスクリームの
存在を確認したレーザーウェーブは首をかしげた。

本当にナイトスクリームか?

姿形はナイトスクリームだが反応が薄く、床に座り込んだまま両腕で自分の身体を
抱きしめているその腕は震えている。
声をかけても反応しないのを知るとレーザーウェーブは一歩近づいた。

「ナイト」
「私に…っ近づくな…!」

ようやく吐き出された言葉に足を止める。
耳を済ませれば「フー…」と猫か何かが威嚇するような吐息が聞こえた。
うずくまるナイトスクリームの顔は見えず、レーザーウェーブは片膝をついて
ナイトスクリームの顔を覗こうとした。

「どうしたぁ?怪我でもしたのかよ」
「…っ…ッ…!」
「…?」
「わた、しは…私は」
「おい」
「…私は、誰なのだ」

ナイトスクリームがゆっくり顔を上げた。レーザーウェーブはひとつしかない目で
その顔をしっかりと確認するともう一度ナイトスクリームの名前を呼んだ。
ナイトスクリームではなかった、酷く狼狽し、いつもの眼光はない。
強い意思もなければガルバトロンを守らなくてはと言う誓いも失ったナイト
スクリームは普段レーザーウェーブが知る彼ではなかった。

「…お前は」
「私は誰だ、レーザーウェーブ!私は…!」
「おいおい、てめぇはナイ…っ!?」

ナイトスクリームが目の前でしゃがみ込んだレーザーウェーブの両肩を強く
掴むと上に圧し掛かるように押し倒した。
レーザーウェーブから「いてぇ!」と悲鳴をあげるがナイトスクリームはその
腕の力を弱める事無く床へ押し付ける。

「いってぇな!何しやがる!」
「…私は、…レーザーウェーブ…私は…」
「…ははーん…?」

レーザーウェーブがアンテナをぴこぴこと動かすとナイトスクリームの顔を
両手で掴んだ。落ち着かず、自分の存在を恐れるナイトスクリームにレーザー
ウェーブは笑いかけた。

「洗脳がとけかけてんなぁ?」
「私は、誰の為に…!」

レーザーウェーブはくっくっくと喉を鳴らした。
今、自分が主だといえばこいつはどうなる?
何もわからず、誰の為に戦うかわからないナイトスクリームは迷子同然だ。

「お前はナイトスクリームだ」
「…私は、私の…主は」
「それはなぁ、俺様…っ」

首元に冷たいものが当たった。
レーザーウェーブがそれを見れば見たことのある剣だった。

「…ちっ…ガルバトロン…」
「…なぁにをしている?レーザーウェーブ」

「…お前は…」

ナイトスクリームがガルバトロンを見た。
主を「お前」呼ばわりしたナイトスクリームは未だ息荒く、アイセンサーも
ひとつのものを見据えようとしない。

「…ナイトスクリーム、儂を忘れたか」
「…貴方…は、…ガル…」
「そうだ、ナイトスクリーム。儂はガルバトロン」
「…ガルバト…」
「お前の主だ」

ナイトスクリームはアイセンサーを見開いた。
その表情にナイトスクリームの色が戻ってくるのがレーザーウェーブにもわかる。
その目は主を見つめ、貴方だけを守ると誓う心が戻ってくる。


「…ガルバトロン様…」


ガルバトロンは一度頷いた。その頷きによりますますナイトスクリームの表情が
戻ってくる。レーザーウェーブなど目に入らぬように身を起こすと腕を
ガルバトロンへと伸ばし、指先で触れようとする。
ガルバトロンもまた手を伸ばした、指先同士が触れ、互いの存在を確認し合う。

「…っ…」
「ナイトスクリーム!」

ほっと笑うように口角をあげるとナイトスクリームはそのまま倒れた。
暗く、その姿は確認しにくいが身体中怪我だらけなのがわかった。
太陽のエネルゴンはその身を焦がし、エネルギー同士暴発させる。
メガザラック、アイアントレッドにもその傷はあったがナイトスクリームのそれは
いっそう酷かった。


「…無理をさせたな…」
「…」
「…ちっ…なんなんだてめぇらは」
「レーザーウェーブ」
「んだよぉ!」
「何をしていた」

レーザーウェーブは身を起こすと投げかけられた質問に固まった。
あんたに取って代わろうとしていた、だなんて言える筈もなく言葉を濁すと
「主人の名前を教えてやろうとしただけだ」と告げた。

「それは儂の名か?」
「あぁ、あんた以外に誰が居る」
「…ほぉ…?」

ガルバトロンは知っている、レーザーウェーブが自分の名を言おうとしていた事を
知っている。レーザーウェーブはこの場に居るのは身の危険だと察知すると
一言断ってその場を離れた。


「…ナイトスクリーム」
「……」


リペアが必要な身体を抱き、ガルバトロンは部下の名を呼んだ。
起きたらお前は儂だけを見ていればいいのだ、と言ってやろう。
もう2度と惑わされる事がないように、洗脳が解けようとガルバトロンが主だと
間違えないように。

「ナイトスクリーム」


ナイトスクリームと自分に言い聞かせるように名を呼ぶとガルバトロンは
その細みな体を強く抱きしめた。