スタースクリームは一晩だけ、そこで過ごした。 よくよく見れば床や壁に引っ掻いた後や滑った液体が付着していた。 恐らくはサンダークラッカーの破損部分からもれたオイルか、この生物の体液だろう。 気になるものはまだ他にもあった、黒い、獣の毛が落ちていた。 サンダークラッカーが逃げるために暴れた時にでも引きちぎったのが安易に 想像できる、結構な量の毛が残され、スタースクリームはそれを触った。 「…」 昨晩は眠れなかったが今晩も眠れないだろう、大分、精神的にきている。 しかしスタースクリームは毛を見てから微かな希望が見えていた。 毛はたんぱく質で構成されているものだ、ということは案外身体は脆いのかもしれない。 だったらと近くの草木を集め、猛毒を作った。 飲食で摂取されない場合でも神経系にぶちこめばどうにかなるのではないだろうか。 武器はない、仕方ないのでナルビームを取り外して内部を改造した、槍のように 尖らせて突き刺した時に毒が内部より射出するようにしておいた。 効かなかった時は、諦めるしかない。効けばサンダークラッカーと スカイワープの身体の一部分でも返してもらう。 腹でも裂けば顔くらい出てくるんじゃねぇかと思ってる。 既に出来上がっているナルビームを胸に抱え、スタースクリームは殺気立っていた。 息を深く吐き、いつでも来いとアイセンサーを真っ赤に燃やす。 「…」 ゆっくりと立ち上がる。スタースクリームは天井にあるハッチに手をかけ、強く押すと ハッチは開いた。被さっていた雪がばさばさ音を立てて地面へ落ちる。 雪が永遠に降り続けるのを空を仰いで顔に受ける、ふーっと尖らせた唇から息を吐くと 結晶化した息が目に見えた。 …近くに居るな。 雪が落ちる音に混じって、草木をかきわけ雪を踏む音がする。 スタースクリームはゆっくりと天を仰ぐ顔を下ろした。 顔に少しだけ積もった雪が重力に逆らわず地面へと落ちていく。 「よう」 目の前の草からのそりと黒い影が現れた。 声をかければスタースクリームに気付いたように頭を上げてこちらを見る。 第一印象はでかい、これに限る。 4足歩行だからあまりわからないが立ち上がれば自分より大きいだろうなと思う。 あちらは興奮したように息を吐いてそれが急速に凍り白い息として視認させる。 目は、真っ黒だ。毛の中に埋もれた目は小さく、正面から見なければわからない。 右手にもったナルビームを強く握り締めると荒い声を上げた生物を睨んだ。 突っ込んでくると船に体当たりしたそれは大きく呻いた、頭上の上を ジャンプで飛び越えるとスタースクリームは振り返って間近で身体を見る。 足は金属で出来ている、じゃあ胸は? 毛で覆われていてわからなかったが大口を開けた生物の口の中は金属だった。 歯から、喉まで全て金属で出来ているところを見る限り狙う場所は選んだ方が良い。 無意味に使えばせっかくのナルビームも折れてしまうかもしれない。 飛び掛ってきたところを数歩下がって避けるとスタースクリームはそれ以上逃げず 逆に前に飛び出した。腹部が金属なのか、なんなのか知る必要があった。 それか、金属生命体だというならレセプタクルがあればそこでもいい。 腹部に一度強い蹴りを入れるとスタースクリームは顔をしかめた。 「いっ…!」 硬い、トランスフォーマーよりも、硬い。 体重も相当ある、自分だってサンダークラッカーを吹っ飛ばすほどの力はあるが この生物はびくともしなかった。 4足歩行の生物はぬっと立ち上がり2本の足で立つとスタースクリームの足を掴んだ。 悲鳴を上げる暇もなく持ち上げられると遠くへ投げ飛ばされる。 バランス感覚に自信があるスタースクリームは難なく身体を反転して 足元を確認すると着地した。雪に足がめり込む感覚に気をとられ生物を見るのが 5秒遅れる。 「っぐっぇ…!!」 生物の姿を目に捉えた時には至近距離に居た、体当たりをされ更に数十メートル後ろに 吹き飛ぶと木々に背をぶつけて止まった。 獣は体当たりした場所で止まると口からだらだらと涎をたらし、スタースクリームの 様子を見ている。スタースクリームは口を押さえ白い雪を見ていた。 「…うっぇええ…!」 涙がぼろぼろ零れた、生理的な痛みに冷却液が落ち着けと自分を冷静にする為に 頬に伝わせる物は雪の上に落ちて氷の結晶にかわる。 その雪の上にスタースクリームは紫色のオイルをぶちまけた。 「うぇ…ええ…げ…」 オイル缶がつぶれた。 人間で言う内臓にも当たる部分の損傷はスタースクリームの機能を停止させ ブレインサーキットを混乱させる。 他にも、腰のあたりのパイプは折れただろう、キャノピーが割れて スタースクリームは一撃で行動不能に陥った。 「…っ」 よろりと立ち上がる。 口からたれるオイルを拭う事も出来ず、目の前で興奮した息を吐きながら 自分を眺める怪物も同じようにだらだらと涎をたらす。 自分を食べたそうに涎をたらし、今にも飛び掛ってきそうな瞳を見て スタースクリームは木々の中に逃げ込んだ。 後ろからはガサガサと追ってくる音がする、細い木なんてなぎ倒し追ってくる化け物に スタースクリームは悲鳴を上げそうになった。 右手に持ったナルビームを落とさないようにするのがスタースクリームに出来る限界だ。 「っあ…!」 スタースクリームは歩みを止めた、目の前に崖が広がり、崖の下はかなりの高さだ。 死にはしないと思うが望んで落ちる高さじゃない。 後ろから追ってきた生物にスタースクリームは気付くと数歩下がって ナルビームを構えた。今度は止まる事無く、再び飛び掛ってきた獣が 口を開けた瞬間にナルビームを突き刺す。 これ以外使い道がない、腹部も足も喉も貫けないなら口内から刺すしかない。 しかしナルビームは刺さった瞬間いとも簡単に折れた。 「え」 生物が鋭い爪をこちらに向けて振り下ろすのを見るとスタースクリームは反射で 腕を構えた。左腕で自分を守ろうとすると爪が腕に食い込んむ。 その瞬間は忘れない、豆腐に刃物を差し込むように、自分が金属だと忘れるほど 爪は容易く自分の金属を裂いていった。 「っいってぇっ…!!」 スタースクリームが痛みに後ろに飛び退くとそこは崖だった。 * 「…?」 アイセンサーが輝くを取り戻す、スタースクリームはゆっくりと頭を上げると そこは雪一面だった。 ずずっと引き摺る音がする。 おぼろげな頭で背後を確認すると獣がスタースクリームの足を噛んで引き摺っていた。 引き摺ってきた道程には紫色と茶色のオイルが混じり、汚らしい模様を描く。 口を開くとごぼっと勝手にオイルが零れた。 うわ、これ死ぬ。 スタースクリームは絶望しなかった、絶望するほどブレインサーキットが 優秀でいられなかった。 死に掛けのサーキットは「死ぬ」と告げただけで悲しみも恐怖も教えなかった。 げほっと咽るとその生物は動きを止めた、スタースクリームの顔を見るために 顔の傍に寄ってくる。 むわっとオイル臭い口が顔に近づくと微かに開いた口から涎が垂れた。 顔中オイルだらけのスタースクリームをべろべろ舐めるとインテークを噛み千切られた。 「いっあ」 痛さに思わず右手で殴ると生物はスタースクリームの足にかぶりついた。 腿の部分に歯を立てるとスタースクリームはようやく恐怖心を思い出し 逃げようとする。 「ざっけ…なよ!いてぇ…よ!!」 何度も鼻面を噛み千切った部分に押し込んでいくと獣の顔はオイル塗れになった。 太いパイプとケーブルを噛むとそれをゆっくりと足の中から引きづり出される。 「いっあああ!っぁ!…ひっ」 顔を押し返す両手から急激に力が抜ける、エネルギー不足にオイル不足ときたもんだ。 雪の上に両手を投げ出すとスタースクリームは喉を引きつらした。 「っ…ふ…っぐ…ぁ」 足元でぐちゅっと嫌な音がした。 スタースクリームは上から舞い散る雪を見ながら息を引きつらせ既に死を覚悟した。 どこから問題だったか、こんな惑星にきたことか。 エネルギーをもっと持ち出さなかったことか。 メガトロンを裏切ったことか、多分全部だ。 「…メガ、トロンさま…」 サンダークラッカーも、こんな感じだったのか。 死ぬ直前って後悔するもんだ、どうしてあの人裏切ったんだ、自分は。 ごめんなさい、と心の中で謝罪した。会いたかった。 「…めがと…さま」 小さく名前を呟くと、頭部に衝撃を感じた。 痛い、ガンと音がして何かがぶつかる、自分の顔の横に落ちたそれを見ると スタースクリームはぼんやりとしたブレインサーキットにしっかりしろと言われた様な 気がした。 「…あ」 未だに噛み千切られる脚はもう見るも無残な形になっているだろう スタースクリームは頭部にぶつかったそれへと右手を伸ばすとしっかりと引き寄せた。 右手にフィットするその形にほっとする、だるい腕の重さに耐えて脚を食べることに 夢中な生物の頭部にそれをつきつける。 「メガトロン様、お願いします…」 ワルサーの引き金を引くと砲身が急激に発熱した。 * 「……」 「…寝るな、スタースクリーム」 「……ぁ…い」 「もうすぐつく」 「…さい」 「どうした?」 「…ごめ…なさい」 「…うむ」 スタースクリームはメガトロンに抱きかかえられたまま歩いていた、脚は駄目に なってしまった。細めたアイセンサーの光りは小さく、喉がひゅーひゅーと 今にも死にそうな音を立てる。 左腕は爪の形に裂け、オイル缶が潰れた内部は隙間からオイルを零し続けた。 「…スカ、プとサンダ、ッカー…」 「あぁ」 「死ん、…ごめ」 「問題ない、回収した」 「…かいしゅ…?」 ちかちかと明滅するアイセンサーをメガトロンへ向けるとメガトロンは笑った。 「あぁ、スカイワープはぴんぴんしとるぞ、サンダークラッカーは酷いものだが」 「…」 スタースクリームはメガトロンの胸に顔を押し付けた。 優しげな微笑みが嬉しかった、一気に心のつかえが取れた気がした。 すりすりと何度も顔をこすり付けるとメガトロンはまた笑った。 「どうした」 「…」 「スタースクリーム?」 「…」 何を言ったら良いかわからなかった。 ごめんなさいはもう言った。すいませんじゃ足りない。 ありがとうも違うし、どうしたら良いかわからない。 「スタースクリーム?どうした、死ぬのか」 「…しいで、す」 「聞こえん、どうした」 「…」 メガトロンの首に腕を回して強く抱きついた。 「嬉しい」 「…」 「…うれ、しいです、メガトロ、ン様」 メガトロンはただ黙って聞いてくれた。 迎えに来てくれて、嬉しかった。 * 「って話なんだ」 「ありゃー笑ったわ、スタースクリーム泣きまくりで」 「いや、だから笑い事じゃなくねぇ?お前はよくても俺らやばかったんだぜ」 「今思い出しても…結構くるわ…」 サンダークラッカーとスタースクリームは顔をあわせるとはーっと息を吐いた。 スカイワープは酒を一気に飲むとぷはっと息を吐いた。 3体のジェットロンは同じ顔だがスカイワープだけ余裕の表情で酒を飲み続ける 「ちょ、ちょっとまってくれよ!スカイワープなんともねぇの?」 「そうだよ!お前じゃあ…それまでどこに…!」 スラストとダージが慌ててスカイワープを見るとスカイワープは 唇を上げてはにかみ笑った。 「ワープがあるだろ?」 「いや、エネルギー…!」 「スカイワープの野郎、自分だけ働かないで俺らよりエネルギー残ってたんだよ…」 「ワープ3,4回分残ってたんだよな?」 「いや、でも一撃食らったぜ?腕落ちたときすげぇびびった、咄嗟に逃げたら ワープ位置掴み損ねて 変なところに飛んじまってよ、頭打って気ぃ失って なんとか戻ってきたらサンダークラッカーが」 「そう、俺が襲われてたとこだったんだよ」 サンダークラッカーを指差すとサンダークラッカーはうんと頷いた。 微かに微笑みながらスカイワープを見るとスカイワープと目を合わせて笑う。 「お前が囮になってくんなきゃ死んでたぜ」 「囮!?」 「スカイワープが!?」 スカイワープは満タンのエネルゴンキューブを掴むと口をつける前に 新ジェットロンを睨みつけ「んだよ」と低い声を出した。 「結構危なかったぜ…最終的に俺もエネルギー使いきっちまって」 「2体で必死に逃げたよな…」 「だから!何で俺を置いてったんだよ!」 「無理言うなよ…」 「あの状況じゃお前探せねぇよ」 スタースクリームはサンダークラッカーを数回蹴ると舌打ちをした。 あの状況じゃ他人を思うなんて到底無理だ、いくら同機でも、俺らはデストロンだし 基本的に他人を思いやったりしない奴が多い。 「メガトロン様に抱っこされて来た時は吃驚したけどな」 「すげぇオイル塗れで」 「俺のこと見たら泣き出すし」 スタースクリームはそれを言われて顔をしかめ床を見た。 「もういいだろ!おい!サンダークラッカー、時間じゃねぇの!?」 「あっ、そうだった!」 「え?なに?」 「約束あんだ、この後」 まったく酒を飲んでいなかったサンダークラッカーは立ち上がると慌てたように 扉の方へ走っていった。 「誰とー?」 スカイワープがにやつきながら言うとスタースクリームも便乗して笑った。 「誰とだっけー?」 「あー誰とかな」 「……さ、」 「なに?」 「聞こえねぇよ」 「…サウンドウェーブんとこ…」 顔を真っ赤にしたサンダークラッカーが少しだけ振り向いてそれだけ言うとそのままで 小走りに出て行った。 スカイワープは手を叩いて爆笑したがスタースクリームは鼻で笑って酒を飲む。 スラスト達は暫く硬直すると「え?」と呟いた。 「…え?あ、あいつサウンドウェーブと…?」 「あぁ、できてるよ」 「あの様子じゃ朝帰りだな」 「えええ!?」 スタースクリームはあの日、怪我をしていた自分よりもサンダークラッカーの 怪我の方が酷かった事を覚えている。オイルやエネルギーを供給しながら 治療するところは見ていて痛々しく、それを見守るスカイワープは泣きそうな顔で サンダークラッカーを見ていた。 『…サウンド、ウェーブ』 『…なんだ』 『ごめ、俺』 『黙っていろ、リペア中だ』 『俺、…あんたから…逃げ…たよな…』 『…』 『だか…っ…バチが…』 『もういい、休め。ここにいる』 スタースクリームも治療中だったがサウンドウェーブがサンダークラッカーに 付きっ切りだったのは今でも鮮明に思い出せる。 スタースクリームは何度か眠りに落ちてはいたが、いつ目覚めてもサウンドウェーブは サンダークラッカーの傍にいて、「大丈夫か」と声をかけては丁寧に リペアを続けていた。 緊急信号を受け取ってすぐに動いたのもサウンドウェーブだった。 戦争中の今、脱走したジェットロンを追う暇がないともちろん反論もあった それでもサウンドウェーブはメガトロンに進言し、自分だけでも行くと言ったらしい。 サンダークラッカーのリペアが終わる頃にはすっかりいちゃついてたなぁと スタースクリームは酒を呷った。 「じゃ、俺も」 「っ…ずりぃ」 「何がずりぃんだよ、じゃあお前も来たら」 「行かねぇよ、馬鹿」 スタースクリームは首を傾げると立ち上がり「また誘え」と新ジェットロンに 声をかけた。どこに行くのか聞く前にさっさと出て行くと鼻歌交じりに デストロン軍の廊下を歩き始める。 「スタースクリームはどこ行ったんだ?」 「メガトロン様んとこだろ」 「え?あ、あいつメガトロン様と!?」 「…さぁな。ただメガトロン様は、あいつが好きなんだと」 「ええええ!?」 スカイワープがあの化け物から逃げ切って隠れているとメガトロン様たちが助けに来た。 サンダークラッカーはもう歩けない、自分も片腕しかなくワープもできない 来てくれたときは本当嬉しくて、メガトロン様にしがみ付いた。 「心配したぞ」の一言が嬉しくて、泣いちまったし、そのまま一緒に居たかった。 『スタースクリームは?』 『それが、はぐれて』 『…お前らはここにいろ』 その時の顔は忘れない。 あの時俺は振られたんだ。 * 「メガトロン様」 「…なんだ」 「いいえ」 メガトロンの寝台に横になるとスタースクリームはすりすりと寝台に顔を押し付けた。 メガトロンがその様子を見て頭部を撫でればスタースクリームはメガトロンの胸に 顔を押し付けあの日のようにアイセンサーを細める。 「…どうしたのだ」 「…」 「スタースクリーム?」 「…落ち着くんです」 「…」 「…それとも邪魔ですか」 「…いや、そんなことはない」 「…」 スタースクリームはそのまま眠りに落ちた。 あの日、なんて言って良いかわからなかった、だから嬉しいと言った。 ただ、今なら違う言葉が出る。 絶対言わないけど、立場上言えねぇけど。 ------------------------------------------------- すすす、すいません…! なんか、こう、涙目ジェットロン書きたかっただけなのもろばれ乙なんですが 最初はもっと音波サンクラ音波サンクラしてた そしたらただの音波サンクラ小説になってた。 ジェットロンが書きたかったんで書き直しちゃいました。 生物イメージは熊ですね、クマー(・(ェ)・) 普段4足で2足にもなれてでかくて、最初に脚とか食べる辺り全力で熊です。 他にも突っ込みたいところたくさんあるんですが、地球来る前なのにメガ様が ワルサーだとかもう突っ込みきれんわ!と思ったんでスルー推奨。 イオマンテ=熊などの生物を殺して神の世界に送る儀式。 一般的に熊。時に梟、シャチなど。 *2011.8.6 ある程度手直ししました