「…メガトロン…さま…?」


目が覚めると部屋には誰もいなかった。
ゆっくりとメガトロンの寝台から脚を下ろす。
カシャンと金属同士のぶつかる音を聞いて脚が床についたことを確認するとしっかりと立ち上がった。



ASTROTRAIN





メインルームに行くとサンダークラッカーとスカイワープがエネルゴン菓子をばりばり食べながら見張りをしていた。
昨日のことなどなかったように声をかけるとメガトロンはアストロトレインのいるリペアルームに
サウンドウェーブをお供に連れて行ったと聞けた。

サウンドウェーブとは会いたくなかったが避けていても何も変わらない。
それよりもメガトロンに会って今後の動きを聞きたい。そうして現在リペアルームに自分はいる。



「スタースクリーム」
「メガトロン様」
「起きたのか」

メガトロンは自分を見ると一瞬驚き、その後いつもの破壊大帝の顔をした。

「スタースクリーム。こちらにこい」
「はい」

真横に行くと「見ろ」と目線で合図される。メガトロンの視線を追うとそこにはサウンドウェーブと
その手にアストロトレインのリペア前とリペア後の比較データが用意されていた。
サウンドウェーブの手元だけに視線を送り、顔は見なかった。まだ真正面から見る気はない。


「サウンドウェーブとアストロトレインの間でソフトをコピーしてインストールさせた」
「へぇ。サウンドウェーブとアストロトレインで」
「そういう話だったろうが。もう忘れたのか?」
「いえいえ。接続するところを見たかったと思いまして」

そうして視線をサウンドウェーブの下腹部に見やる。そんな意味はなくても下腹部で接続したんだろ?
アストロトレインとサウンドウェーブがねぇ、なんて小さく呟いて鼻で笑うように息を吐く。
サウンドウェーブがこちらを向いたがその視線から逃げるように顔を正面に戻すと
メガトロンが目を細めて睨んできた。冗談です。と言うとメガトロンが話を続けた。


「それでアストロトレインだが」
「あぁ、どうでした?」
「……」
「…もしかして」
「残念だが…失敗だった」

呆れた。
何だったんだよ。昨日の…あれはよ。

「それでな、スタースクリーム」
「…聞きたくねぇ…何だったんだよ…昨日の…俺の」
「スタースクリーム。頼みがある」

うんざりしながらメガトロンを見るとメガトロンはいたって真面目そうだった。
昨日、自分がどれだけ頑張ったか、自分の感情を殺すのが苦手な自分が、必死に自分を殺して
軍と大帝のためにあんな痴態を嫌いな参謀に晒したのだ。それが、なんの意味もなさないなんて。

「昨日お前がスリープに入った後、すぐに接続したのだが結果は駄目でな」
「今聞きました」
「それでサウンドウェーブが次の手を考えた」
「……で?次は何です?」

メガトロンがサウンドウェーブを一度見る。
サウンドウェーブが一度頷くと喋り始めた。

「…失敗した理由はすぐわかった」
「なんだよ」
「基準となる親ソフトからならコピー可能だが、子媒体になると駄目だった」
「……はぁ」
「このソフトにはロックがかかってると同時に子媒体を更にコピーさせると中身が破損する仕組みになっている」

そうだっただろうか。
確かにあの研究所はそのへん情報漏洩やセキュリティー面にうるさくて他惑星を調査中に
不慮の事故で活動停止した場合、その惑星の生き物に情報を与えない為にブレインサーキットにロックが
かかるような仕組みやインストールされている内容を大量生産できないようにされていたりしていた。
真面目に説明を聞いていなかった自分だが、恐らくそうだった気がする。

「嫌だ」

自分の今の嫌だはそれらから導き出されてでた答えだった。
メガトロンが背中から肩を抑えてきた。抑えるなんてものじゃなく、ただ手を置いただけだったはずだ。
それなのにその手に期待と重圧を感じた。

「スタースクリーム。話がある」
「嫌です」
「スタースクリーム」

サウンドウェーブはその様子を少し見ただけで踵を返して部屋から出て行った。
メガトロンはそれを目で追った後、腕を掴んで振り向かせるとスタースクリームの目を覗き込んだ。

「今から言うことを良く聞け。スタースクリーム」





*




スタースクリームはアストロトレインを眺めていた。
錆だらけの身体。時々漏れるうめき声。

「…アストロトレイン」
「………」

聞こえていないんだろうよ。少しでも動くとバキっと音がして錆だらけの装甲が裂けた。
その錆を指で擦るとうめき声が聞こえ指に削り取れた装甲がついた。
自分の指を暫く眺めていたが自分の装甲が錆びることはなかった。

アストロトレインは寝台に横になっていた。寝台にはビニールをかぶせ、その上にアストロトレインを乗せている。
寝台に直接乗ったら寝台も錆びてしまうだろうという配慮だ。

アストロトレインの頬に走る亀裂と錆を指でこそぎ落とす。
いくらリペア管で進行を妨げていたとはいえ、誰も触れない身体だ。
錆だらけの身体をこうして触れて、錆を取り除いてくれる奴なんていない。自分以外は。

「……」

『これは命令ではない。しかしこれからもこういった問題は起こるだろう。
 スタースクリーム。お前だけがこの事態を乗り切ることができるのだ』

「……」

『地球にいる同胞達にそのソフトをダウンロードさせろ』


それがどんな意味をさすのか、すぐに理解した。

サイバトロンを壊滅してデストロン軍団が宇宙を支配する。宇宙がデストロンで多い尽くされれば俺らの宇宙だ。
まぁ、すぐに俺の宇宙になるんだけどよ。それも焦ることはない。
これが終わって、また昔みたいに甘やかしてくれるでしょう?
セイバートロン星にいた頃のように。


大きく息を吸って落ち着かせる。
サウンドウェーブみたいなことにならなければ自分の自尊心を傷つけずにすむ。
幸か不幸かアストロトレインは自分で身動きできないのだから。

上に跨って自分の下腹部のパネルを開く。アストロトレインは下腹部のパネルが錆びて開かなかった。
恐らくサウンドウェーブとの時は開いたのだろう。それほどに進行が早い。
少しだけ装甲を剥ぎ取って内部が見える状態にした。悪いとは思わねぇ、仕方がねぇだろ。

「……っ」

アストロトレインのアイセンサーは光を失っていた。
身体を寄せればスパークの脈動を感じるからまだ生きてはいるが
アイセンサーにまわすエネルギーも足りていないということだろうか。

アストロトレインのコネクタを自分のレセプタに浅く差し込んだ。
コレぐらいならまだ何も感じない。異物感に身体が少しだけ震えるくらいだ。

サウンドウェーブの時と同様、駆除ソフトを送る。ダウンロードまでは時間がかかる。
サウンドウェーブは送られてきたソフトを自分で解凍、インストールしていたが
アストロトレインはそれが出来ない為、インストール完了までが自分の仕事だ。


『スタースクリーム…』
『…わかりました。その代わり』
『…なんだ』
『この任務が終わったら俺様に膨大な褒美を寄越すこと』
『…善処しよう』
『それと、任務中、同胞へのダウンロードが終了するまでは触らないで頂きたい』
『なに?』
『貴方との接続と、同胞への接続はまったく別物です。混同するのはよくないと思いませんか?』
『…わかった』

本当は誰かと接続した後はすぐにメガトロンに触れたいと思った。
わざとこんなこと言ったのは出来る限り自分を快感から遠ざける為だ。
快感慣れした自分の身体は情報交換のための接続にも快感を覚える。
それをしないために暫くは交歓行為を避けたい。
それと、地味に大帝への嫌がらせでもあった、これは成功したのかメガトロンは少しだけ嫌な顔をする。

『航空参謀スタースクリーム…頼んだぞ』
『了解…。オールハイルメガトロン』

顎を掴まれて互いの唇を噛んだ。口内までは触れ合わなかった。
顎を放すとメガトロンは一度だけ微笑んで背を向けた。

このキスとも言いがたい触れ合いをスタースクリームはゆっくりと味わった。



*



「っ、疲れるな…」

やはりアストロトレインが動かない分、快感はおこらなかった。
浅い接続だとダウンロードにもかなり時間がかかる。
異物感を堪えつつもデータを送り込むと、下腹部をそのままに自分のキャノピーからもう一本コネクタを出す。
アストロトレインの首にキャノピーより出したコネクタを差し込んだ。

身体の安定感がなくなってアストロトレインの上半身に自分の身体を預けると
ざりざりと錆がついた。錆を払い落としつつもキャノピーで接続している方に意識を集中する。

「…んっ…」

多分こんな高度な技仕えるのは自分を筆頭にサウンドウェーブとメガトロンくらいか。
下半身で接続したレセプタより送り込み、送り込んだ物を順次キャノピーからだしているコネクタで
インストールを進めていく。しかし意識がそっちに進めば進むほど異物感は耐え切れなくなる。

「…ぅ、?」
「ア、ストロトレイン…」
「……げほっ…誰だ…」

ぎしぎし音をさせながらアストロトレインの右腕が移動する。

「おいおい。無理動かすと落ちるぜ?腕…」
「…」

額や頭部、羽を撫でられる。
アイセンサーには光はともっていない。目は見えていないのだろう。
恐る恐る、赤子のような手つきでアストロトレインはスタースクリームの頬を撫でた。
目の下を錆びた指の腹で撫でられるとじゃりっと音がする。

「…その声…スタースクリーム…」
「あぁ…恩にきろよ…このスタースクリーム様が…助けてやるって…んだからよ…」
「……助け…?…げほっ…お前…うつるぞ」
「馬鹿いうな…俺はうつらねぇようなってんだ…」


目が覚めたんならインストールぐらい自分でやって欲しいが朦朧としてるところを見ると
アストロトレインは意識がしっかりしていない。折角進んだダウンロードを捨てられては困る。
アストロトレインと自分からカタカタとダウンロード、インストールの音が聞こえる。

「…目…」
「あぁ?」
「…みえねぇ」
「そらそうだ…っ…エネルギーもねぇ。しかもお前は錆びて動かねぇ」
「…」

アストロトレインにできるだけ体重をかけないようにしていたが
アストロトレインのぎしぎし言う腕に指を絡ませられ手を掴まれる。
なんだ?と声をかけるとそのまま引っ張られてアストロトレインのアイセンサーに指が触れた。

「…触ってく、れ」
「アイセンサーを?」
「錆び…て、」
「あぁ、錆びてる」

アイセンサーを覆う錆をこそぎ落とすと錆びごとアイセンサーの表面まで削れた。
こんなんじゃ錆を落としてもアイセンサーはまともに働かねぇだろうな。

「心配…すんなよ…倉庫にお前がもう一体つくれるだけの部品残ってるからよ…」
「……あぁ」
「錆びてる部分を取り替、えて…っぐ…ぅ」
「…スター、スク、リー…?」
「黙ってろ…」

アイセンサーをゆっくりと撫でていた手が止まる。
一度手をアイセンサーからどけて自分の口に当てる。息が、声が漏れそうで身体が震える。

「どうし、た」
「どうもしねぇ…っ」
「…?」

アストロトレインの錆びた指が再び手に触れる。
口を押さえる指の隙間からアストロトレインの錆びた指が入ってきた。
声を殺して黙っていると何度か唇に触れて小さく「ここは口か?」と呟かれた。

「あぁ…」
「…ここは、鼻…か」
「あぁ」
「…」

アストロトレインの錆びた目に光がともって数度明滅する。
下腹部の違和感にこらえながらもその様を見守るとアストロトレインはしっかりとこっちをみた。

「…ス、タースクリームか?お前…げほっ…」
「俺が、他に誰に見え、んだよ」
「だって…お前…」

しっかりと目が合っている。そりゃアイセンサーの表面が削れてるアストロトレインの視界は良好とはいえないだろう。
それでも目が合っているのを確認するようにアストロトレインの手は頬に触れてきた。


「…なんて顔してやがんだ、てめぇは」
「…俺、が?」

顔に出てたか?快感に浮かされたような表情をしていたか?
口を覆っていた手で顔全体を覆う。快感を感じ始めていたのがばれたかと焦った。
丁度インストール終了の知らせが音を立てて知らせる。

「スタ」
「アストロトレイン!終わったぜ…一回再起動しねぇとな」
「…待て、お前、その顔、は…」
「おやすみ。起きた時には新品の身体だぜ…?」
「待」


バツンと音がして勢いよくアストロトレインの主電源を落とす。
アストロトレインは表面だけでなく内側の防御も疎かなのでこちらからのハッキングで
意識を落とすことも出来た。アストロトレインは何か言いたげの顔のまま静止した。その目に光はともらない。

「…んっ…」

身体を浮かして内部からアストロトレインのコネクタを引き抜いていく。
全部抜ききってからアストロトレインの乗っている寝台から降りて床に膝をつく。
耐えた。耐え切った。達さなかった。喘がなかった。


「…なんでい…余裕じゃねぇか」



俺にはデストロン軍団の同胞全てにウイルス駆除ソフトを送るなんて簡単すぎだ。
だって俺はニューリーダーの器だぜ?

アストロトレインが見た表情のまま、スタースクリームは笑った。